第三話 トラウマ
次の日。
「まだ終わらないのか……」
思った以上に同盟会談が長引いている。
交渉が難航しているのか、それとも話に花が咲いているのか。
どちらにせよ暇だ。
俺と子供たちは交渉が行われている本館の隣にある別館で待機している。
子供の数は五人。男が四人に女が一人。男はノッポにチビにポッチャリにガリガリとバリエーション
豊富。女の子は金髪の物静かな子だ。みんな俺より年下の者ばかり。
暇そうにしている俺に話しかけるような者はいない。王子だから遠慮しているんだろう。
同盟を結ぶ場なため、護衛も最小限に絞られている。俺が知っている者のほとんどは父上の傍だ。
喋り相手もいないし、ボーっとするにも限界がある。
ただ窓から外を眺めていると、突然眼に強い痛みが走った。
それと同時に炎の中で俺と子供たちが倒れているビジョンが鮮明に見えた。
これは……なんだ?
夢か何かか?
俺は何もできずに天井を見ている。まるで前世のように。
それは嫌だ、という衝動が俺の心に走る。
俺はその衝動に突き動かされて、急いで窓のカーテンを外しにかかる。
窓から外の様子を伺うと、下にいる者たちが慌てている。
何かが起きたのだ。
だが、ここは両国の外交の場。
大変な事態にはならない。そのはずだ。だが、あのビジョンが頭から離れない。
だから俺は動き続けた。
唖然としている子供たちをよそに、どんどんカーテンを外していく。
すると、下から煙が上ってきた。
「やっぱりか……!」
前世では火事で死んだ身としては、二度と経験したくなかったのだけど。
どうやらこの別館が燃えているらしい。
あのビジョンのように。
「で、殿下! 二階から火が!」
「この館が燃えています!」
「に、逃げなければ!」
子供たちが事態に気付き、混乱して叫び始めた。
ここは三階。護衛が来ないということは、二階から上は完全に分断されたんだろう。
二階が火元ならどこに逃げればいい?
飛び降りるには高すぎるが、外には多くの護衛がいる。
彼らなら受け止めてくれる可能性もある。
だが、失敗したら痛いではすまない。
「全員、カーテンを結べ! ロープにして下に降りるぞ!」
訓練を受けた護衛たちが、王子である俺を見捨てるとは思えない。火が強すぎて、ここまで来れないとみるべきだろう。
そうだとするなら、窓から逃げるしかない。
急いで窓を開けると、俺は子供たちと協力してカーテンを結んでロープ代わりにする。
それをしっかりと固定し、下に垂らす。
長さが足りないが、ここから飛び降りるよりはマシだ。
「で、殿下からどうぞ!」
全員が俺を先に下ろそうとする。
だが、彼らを残すのは不安しかない。
「軽い者から先に行け! 安全だとわかれば俺も行く!」
そう言って俺は無理やり女の子を先に脱出させる。
カーテンのギリギリから手を離した女の子を、外にいる大人たちが下へと集まって受け止めた。
問題は時間。
早めに動き出したというのに、もう煙が部屋に入ってき始めた。
思った以上に火の回りが早い。
「で、殿下! 大丈夫です! さぁ! 早く!」
「早く行け! 最後でいい!」
「で、でも……」
「いいから行け!」
残る子供たちを脱出させ、俺はロープを固定し続ける。
子供の力で固定したところで、どうしても甘くなる。
何人も子供がそこに力を掛ければ、固定が解けてしまう。そのために俺は残っていた。
「げほっげほっ……」
「で、殿下……」
「行け……!」
最期に残っていたポッチャリの少年に脱出を促す。
もう部屋には黒い煙が充満していた。
もう無我夢中でカーテンのロープを押さえることしかできなかったが、ついにカーテンがほどけて落ちていってしまう。
最後の少年が心配だが、きっと大人たちが受け止めただろう。
そのまま床に倒れ、天井を見上げる。
せっかく転生したというのに……。
結局、ここでも最期は火の中で一人か……。
やっぱり人生頑張るものじゃない。
子供を助けなきゃなんて……思わなきゃ生きていられただろうに。
全部、あのビジョンのせいだ。
もはや助かる術はない。
もう館は火に包まれている。
王子の身は大事だろうが、護衛たちは父上の安全を最優先にさせる。父上の周りからは離れないだろう。
死ぬ気で俺を助けに来る者はいない。
俺の人生は一体、何だったんだろうか……?
かつてと同じように自問する。
答えはやはり見当たらない。
だが、子供を助けられた点は、前よりはマシだっただろうか?
あのビジョンどおりなら、俺はあの子たちと共に死ぬはずだった。それが俺一人となっている。
それが俺の転生した理由だというなら……まぁ悪くはないだろう。
息苦しさのせいか、意識が遠のいていく。
かつてと同じ。
すべてが同じだった。
だが、一つだけ違う点があった。
雨が降ってきたのだ。
その雨は物質を透過し、火を的確に消していく。
そして雨が俺の火傷部分に当たる。すると、一瞬で俺の火傷が治っていった。
「これは……?」
「聖雨。ログレス聖皇家に伝わる血統魔法。聖天魔法ですわ」
チラリと視線を窓のほうへ向けると、薄桜色の髪の少女が立っていた。
長い髪をなびかせるその美しい少女がまるで女神のように輝いて見えた。
後ろには彼女と共に来たらしい大柄の聖騎士が二人。
「あなたは……?」
「わたくしはエステル・ヴァン・ログレスですわ。レイモンド王子殿下。とても良い眼をお持ちですわね」
「……聖皇姫様……」
呟きながら俺はゆっくりと意識が暗闇に引っ張られるのを感じたのだった。