第二話 運命の出会い
一週間後。
ログレス騎士皇国とガリアール王国との国境付近の街に、父上や大臣たちと共に俺はやってきた。すでに姫は到着しているそうだ。
今回は俺以外の貴族の子供たちも連れて来られている。誰かが姫と仲良くなって、今度の外交交渉が円滑に進めばよし、ということだろう。
長旅なんて億劫でしかなかったが、これは父上に対してのポイント稼ぎ。
そう割り切ってやってきた。
だが、多少の楽しみがないわけではない。
姫の護衛として来る円卓の聖騎士。
ログレス騎士皇国において最強の十二人の聖騎士たち。
地球にも騎士という制度があったわけだが、この円卓の聖騎士はただの騎士じゃない。
彼らは最強クラスの剣士でありながら、同時に最強クラスの魔導師でもある。
見た目からして、明らかに化け物なのかどうか。
それとも見た目からは推し量れないものなのか。
百聞は一見にしかず。
とりあえず見てみればわかる。
と、思っていたのだが。
「会談が終わるまで会う機会がないとは……」
会談が終わるまで両国の接触は制限されるらしい。
大事な同盟交渉だ。
情報が流れては困るということだろう。
だが、子供も制限されるとは。
まったく。それじゃあ会談が終わるまで暇じゃないか。
ここに来るまでに死ぬほど寝たから、寝て過ごすということができない。
というわけで。
「抜け出し成功っと……」
あまりにも暇なので、館から抜け出した。
すぐに戻ればバレないだろう。
万が一、バレたとしても父上が怒るわけがない。
それに。
「あれでバレてないつもりなのか……」
止められないと判断してか、遠くから何人かの近衛騎士が護衛しているのが見えた。
子供ゆえに気づかないと思って、かなり緩い。
まぁ連れ戻されるよりはマシか。
さぁて、面白いものがあるといいんだが。
■■■
つまらん。
この街は国境に近いということで選ばれたが、大きな街というわけではない。
同盟の場ということで、お祭り騒ぎで露店も出ているが王都と比べるとたいしたことはない。
「帰るか……」
肩を落として帰ろうとした時、横で誰かが盛大にコケた。
思わずそちらを見ると、メイド服姿の少女が涙目で蹲っていた。
「ううぅ……」
年は俺と同じくらいだろうか。
肩にかかる茶色の髪に、涙で潤む同じ色の瞳。
可愛い、愛らしいという表現が当てはまる少女だ。
あまりにも痛そうにしているので、思わず声をかけてしまった。
「大丈夫か……?」
「痛いです……」
「そう言われても……どこが痛む?」
「手のひらが……」
見てみると、軽く手の平が擦り剝けていた。
大げさなと思いつつ、俺は持っていたハンカチを少女の手に巻く。
「ほら、これでマシになるはずだ」
「……ありがとうございます。強い眼のお方」
まじまじと俺が巻いたハンカチを見ていた少女は、ハッとした様子でお礼と共に頭を下げた。
なんでも大げさな子だ。
だいたい、強い眼のお方ってなんだ?
「気にするな。そのハンカチは返さなくていいから」
そう言って俺はその場を後にしようとする。
だが、後ろから少女に服を引っ張られた。
「待ってください! 強い眼のお方!」
「なっ!? なんだよ!?」
「道がわからないので、案内してください!」
「道がわからないって……この街で暮らしているんじゃないのか?」
「違います! 私は姫様のメイドで……その……おつかいで出てきたので……」
「メイドって……」
姫様といえば、この街では一人だろう。
どう考えてもログレス騎士皇国の姫様だろう。
そのメイドなら地理に明るくなくても不思議ではないが、ログレス騎士皇国の姫はこの年代の子をメイドにしているのか……。
同年代だから傍に置いているのかもしれないが、一人でおつかいに行かせるとか鬼畜か?
「護衛とかいないのか? ここは一応、敵国だぞ?」
「はぐれてしまって……」
「まったく……」
なんて迂闊な。
人攫いに攫われても文句は言えない。
まだ同盟が結ばれてないからだ。
「はぁ……館に行くならついてこい」
「姫様からのおつかいが……」
「……どんなおつかいなんだ?」
「民の暮らしを良く知れる物だそうで……」
「そんな難しいおつかいを出すなよ……」
ちょっとログレスの姫様の感性を疑ってしまった。
だが、目の前の少女を見捨てるのは気が引ける。
王国民なら放っておくが、この子は騎士皇国民だ。
何があってもおかしくない。
「……じゃあ適当に露店を回ろう。適当に何か買っていけば、わかるはずだ」
「はい! あ! 自己紹介がまだでしたね! 私はステラと申します!」
元気よく、愛嬌のある笑みを浮かべてステラは頭を下げた。
その仕草は洗練されている。
姫の傍にいるっていうのは本当だな。
文句のつけようがない。完璧な仕草だ。
「では行きましょう! あっ! あなたのお名前は?」
「俺は……レイだ」
「では行きましょう! レイ様! あれは何ですか!?」
「ちょっ! 危ないって!」
ステラは俺の手を掴んで、いきなり走り始めた。
まるで初めて外に出た子供だ。
何にでも興味を示す。
城から出たことがなかったのかもしれない。
姫のお付きならありえる話だ。
もしそうだとするなら、姫なりの気遣いだったのかもしれない。
「あれは何ですか!?」
「あれは豚を焼いたもので……」
「あれは!?」
「あれはオモチャを売ってる店だな」
まったく。
面白味のない露店巡り。
一度通った道だ。
だが、ステラは目を輝かせて周りを見ている。
不思議なもので。
楽しそうなステラと共に歩いていると、こちらも少しは楽しくなってくる。
「このオモチャを買っていきましょう!」
「それを買うのか……?」
「ええ!? 駄目ですか!?」
ステラが手に取ったのは出来の悪い剣士の人形だった。
何がいいのやら、まったくわからん。
だが、ステラは気に入ったようだ。
さっさと代金を払って、その剣士の人形を手に入れてしまう。
しかし。
「あっ……お姫様のものもあったのですね……」
それもいいなぁと思ったのだろう。
だが、もう代金を払ったあとだ。
その人形も出来が悪い。
それでも気になってそうだったから。
「それもくれ」
「あっ! 無駄遣いはできなくて……」
「俺が出す」
そう言って俺は姫の人形を買って、ステラに渡した。
「剣士の人形は姫様に渡せばいい。これは君のだ」
「……ありがとうございます! レイ様!」
ニッコリと笑いながらステラは二つの人形を抱きしめた。
その後も、適当に露店を見ながら買い物をしていく。
ステラは独特の感性で物を選ぶ。
何がいいのかわからないが、本人的には姫様向けのチョイスらしい。
とりあえず、袋に一杯の買い物をした。
これで民の暮らしがわかるのかはわからないが、ステラは満足気だった。
しかし、何事も順調にはいかない。
「なかなか金を持ってるみたいじゃないか?」
「坊ちゃん、嬢ちゃん。ちょっとお金出してくれねぇか?」
ガラの悪い青年が二人。
俺たちの前に立ちふさがった。
咄嗟にステラを背中にかばい、俺は二人を睨みつけた。
「退いたほうが身のためだぞ?」
「なんだ? 武術でも使うってのか? それとも魔法か?」
「騎士ごっこか? かかってこいよ!」
笑う二人組に呆れて、周りにいるだろう護衛たちに指示を出そうとした時。
突然、二人の後ろに大柄な男が現れた。
フードで顔を隠しているが、見ているだけでとんでもない威圧感を受けた。
「若者たちよ。手を出す相手を間違えると長生きできないぞ?」
「っっ!?」
「はぁはぁはぁ……」
二人組はなんだか息苦しそうだった。
後ろの男の威圧感にやられたのかもしれない。
どう見ても只者ではない。
「君らの目の前にいる少年は高貴な身分だ。周りには護衛がたくさんいる。死にたくなければ今すぐ失せることだな」
「は、はいぃぃ!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
二人組は一目散に逃げていった。
俺の護衛に怯えたわけではない。
この男を恐れたのだ。あまりにも得たいが知れないから。
「無事かな? ステラ」
「は、はい……」
「それは良い。レイモンド殿下。ステラの護衛に感謝いたします。私がはぐれたゆえ、お手数をおかけいたしました」
「レイ様が……レイモンド王子なのですか?」
ステラが驚いたように目を見開いている。
一応、頷きつつ俺は男に訊ねる。
「いかにも俺がレイモンドだが……あなたは?」
「しがない護衛の聖騎士です。さぁ、ステラ。姫様が待っておられる」
そう言って男は俺が持っていたステラの買い物を受け取り、ステラを自分の下へ呼び寄せる。
それを聞き、ステラは残念そうに顔を俯かせる。
「そうですか……もう時間ですか……」
「行くのか?」
「姫様がお待ちですから……ありがとうございました。レイ様、いえレイモンド王子殿下」
「レイでいい。親しい者はそう呼ぶ」
「……ありがとうございます。また、どこかで」
「姫様の傍にいるなら会えるだろうさ。楽しみにしているよ。それと……なぜ俺は強い眼のお方なんだ?」
「お気づきではないのですか? では、その意味はご自分で見つけてください。いずれわかることでしょう」
不思議なことを言ってステラは俺に別れを告げた。
その後、俺は男のほうへ視線を向ける。
おそらくはぐれたようでいて、ちゃんとステラを見守っていたんだろう。
そうでなければタイミングがよすぎる。
「あなたにも一つ聞きたい」
「何でしょうか?」
「円卓の聖騎士というのは……あなたのような者ばかりなのか?」
「なるほど……国王が溺愛するだけあり、それなりには聡明のようだ。その聡明さへの褒美としてお答えしよう。私のように大人しい者は稀だ」
そう言って男はステラを伴って館へと帰っていった。
男が去ると同時に俺の護衛たちも集まってくる。
あれで大人しいとは……。
円卓の聖騎士というのは噂以上に化け物集団のようだ。
戦わない選択を取った父上は正しい。
大して強いわけでもない俺がそう確信できるほど、あの男は得体が知れなかった。
あれが十人以上いるのだから、強いわけだ。
どうか同盟が上手くいきますように。
そう心で念じながら、俺も護衛と共に帰路についたのだった。




