エピローグ
決闘を終えた俺はラグネルに呼び出されていた。
「どこに向かっているんですか?」
「ついて来ればわかる」
「疲れてるんですけど……」
「承知の上だ」
ラグネルは黙って歩き続ける。
何の用だと思いながら、俺もその後を追っていく。
しばらくすると、明らかに上に向かっていることに気付いた。
ここまでくると玉座の間くらいしか目的地はないはずだが。
「玉座の間に行くんですか?」
「違う」
「ではどこに?」
「姫殿下の部屋だ」
そう言ってラグネルは玉座の間へ行くルートから外れて、大きな扉を指さす。
そこがエステルの私室だ。護衛は見当たらない。人払いをしているようだ。
俺が驚いて目を丸くしていると。
「時間はそこまで取れていない。話したいことがあるなら話してくるといい」
「ラグネル卿……」
「十年……積もる話もあるだろう」
「なるほど」
俺は察して一歩前に出る。
そんな俺にラグネルは顔を見ずに告げる。
「あなたが来てから姫殿下は明るくなられた。感謝と、謝罪を。十年前、あなたと姫殿下の話を聞いたときに私は無理だと判断した。子供同士の戯言と思っていた。お許しを、レイモンド殿下。このラグネルの目が狂っていた」
「その言葉はまだ早い。俺は何も成しちゃいないからな」
「それもそうか。では聞かなかったことに」
ラグネルはそれきり、黙り込んだ。
もう話すことはないということだろう。
だから俺は扉に近づき、ノックをした。
すると。
「どうぞ」
聞こえてきた声に気分が上がる。
ミラに気持ち悪いって言われたからな。
緩んだ顔をどうにか引き締めて、俺は扉を開けたのだった。
■■■
白を基調としたシンプルな部屋。
その中央にある小さなテーブル。
そこには二つ椅子が用意されており、その一つにエステルは座っていた。
「いらっしゃいませですわ、レイ」
「お邪魔します、エステル」
緊張は不思議としなかった。
きっとそれはエステルの自然な笑顔のおかげだろう。
促されるままに俺はエステルの対面にある椅子に腰かけた。
目の前にはエステルが淹れてくれた紅茶がある。
どうぞと言われ、口をつける。
上等な紅茶だ。
こんな良い紅茶は久しぶりに飲んだな。
ずっと森の中で修業だったしな。
「本当はずっとお話したいのですが、あまり時間はありませんの」
「それは……仕方ないね」
「そうですわね。お父様がベッドから起き上がれない今、わたくしはこの国の王ですわ。何もかも自由にできるようで、何もかも自由にはなりませんわ。あなたに会いたいという小さなわがままですら、長くは許されない」
エステルは紅茶に視線を落としながらそう言った。
その声は寂し気で、その表情は暗かった。
そんなことを言わせるために、ここに来たわけではない。
そんな顔をさせるために、ここにいるわけじゃない。
だが、それをどうにかする力は今の俺にはない。
だから。
「もう少し……十年もかかったのに申し訳ないけれど……もう少し俺に時間をくれる?」
「人は光のない場所に閉じ込められると、容易く衰弱しますわ。ですが、少しだけ光をそこにいれると力を取り戻す。その光が希望になるから。あなたとの約束はわたくしにとっては希望でしたわ。来てくれただけでも……言葉にできないほど嬉しかった」
「エステル……」
「わたくしはわたくしですわ。ですが、その前にわたくしはこの国の王。何もかもをこの国に捧げる運命にあります。それが嫌だとは申しませんわ。ただ……ときにはわがままを言いたくなります。あなたを助けたあと、あなたと過ごすためにわたくしは初めてわがままを言いました。あなたはわたくしのわがまま。もうわがままは言いません。わたくしは待ちます。あなたのことを」
そう言ってエステルは優しく微笑んだ。
あの日のように、何もかも包み込むような笑顔だ。
だけど、今はわかる。
エステル自身を包むモノはとても少ない。
他者を癒す側であり、癒されることはない。
そんなエステルの頬に手を伸ばす。
自然と零れていた涙を指で払った。
「すぐに行く。君が国にすべてを捧げても悲しくないように、俺が君の隣に立つ」
誰も助けてくれないのは悲しい。
一人は寂しい。
前世で炎の中で絶望したとき。それを痛いほど感じた。
だから、十年前。
炎の中でエステルが助けに来てくれた時、嬉しかった。
自分なんかでも助けてくれる人はいるんだと。
だから決意した。
自分を助けてくれる人を、助けられるようになりたい、と。
言いたいことは言った。
俺は静かに席から立ち上がる。
同時に扉がノックされた。
もう、時間だ。
「姫殿下、お時間です」
「……わかりましたわ」
俺はエステルに一礼すると、騎士として退出する。
そして、エステルを呼びにきたラグネルの隣を通った時。
「覚悟はできたか?」
「愚問だな。そんなもの、十年前にできている」
あの日の言葉に嘘はない。
嘘にはしない。
円卓の聖騎士はすべて蹴散らす。
もちろん。
「あなたもいずれ俺が倒す。覚悟しておけ」
「無論だ。私は私より弱い者を姫殿下の隣に立たせる気はないからな」
互いに宣戦布告。
軽く視線を交差させ、俺はその場を後にしたのだった。
■■■
数日後。
小隊長室にミラがやってきた。
「まず一つ、推薦権の獲得。おめでとうございます」
「まだ一つだ」
「そうですね。最も与しやすい相手からの勝利ですから、これからが本番です。レイ様の手の内はいくつかバレたわけですから、これからは一層、気を引き締めてください」
「相変わらず、厳しいな……」
勝利の余韻に浸る気はないが、ミラといると勝利したことさえ忘れてしまう。
まぁ無駄におだてられるよりましだが。
そんな甘い道じゃない。
「ほかの円卓の聖騎士はどうだ?」
「レイ様の勝利を受けて、積極的に動き出したのは円卓序列第六位、レオン・サフィールです。レイ様の情報を集めています」
「若き天才騎士か」
「それと、彼は貴族たちに働きかけてレイ様に手柄を立てさせようとしているようです」
「なるほど……こっちが動くのを待つんじゃなくて、さっさと勲章を取らせて挑んでこさせるつもりか」
勲章はまぁ機会さえあれば取れるだろう。
だが、そう何度も機会には恵まれない。
しかし、相手の情報がわからないのに挑めば返り討ちとなる。
「なかなか切れ者だな。しょうがない。受けて立つとしよう。情報を探ってくれ」
「かしこまりました」
ミラは一礼して、その場を去る。
外からは誰かが慌てて走る音が聞こえてきた。
きっと予想外の任務にブレントが慌てているんだろう。
「さて、やるか」
一つ伸びをして、俺は次の任務を待つのだった。
というわけで、新作はここでいったん終わりですm(__)m
とりあえず息抜きで転生物書きたいなぁと書き始めたので、文庫の一巻部分程度しかストーリーを作っていません( ;∀;)
出涸らしの連載もあるので、完結という形にさせていただきます(・ω・)ノ
久々にポイント入っているかな? 感想来てるかな? とドキドキしまして、良い経験になりました。
応援してくださった皆さん、本当にありがとうございます。
息抜きに付き合ってくださり、感謝しかありません。
またこういう息抜きがあるかもしれませんが、その時もよろしくお願いします('◇')ゞ
では、次は出涸らし皇子でお会いしましょう。タンバでした。