第二十三話 決闘後
「強いな」
「だね」
クリフを圧倒したレイを見ていたレックスとレオンは、座ったまま動いていなかった。
決闘場ではクリフが運び出され、レイもその場を後にしていた。
すぐに決闘場にいるのは二人だけとなる。
「魔力を斬る王剣とはな。あれで竜王種を削り切ったか。しかも本人は凄腕の剣士だ。厄介ではあるな」
「単純な剣技勝負に持ち込むしかなく、持ち込んだら勝ち目がない。面白いね」
「やりようはいくらでもあるがな。ただ、クリフ卿は相性が悪かった。こればかりはしょうがあるまい」
レックスの言葉にレオンは頷く。
そして。
「強い上に賢いというのが厄介なところだね。常に自分が有利になるように動いている」
「たしかに相手の嫌がることをしつづけ、決着も急がなかったな」
「そういう戦巧者の部分もそうだけど、それ以外の部分もだよ。たとえば、彼は円卓の座を手に入れなかった」
「それがどうした?」
「大事なことだよ。彼は一番最初に推薦権を勝ち取った。一歩リードしたということさ。僕のような人間はそういう彼を止めたいのだけど、彼は円卓の聖騎士じゃない」
「わかるように説明しろ。もったいぶるな」
レックスに急かされ、レオンは苦笑する。
そしてレイの策略を説明した。
「今回の戦いは円卓序列第一位に挑むためのものだ。だから推薦権を賭けるわけだけど、推薦権を持っているのは円卓の聖騎士だけだ。彼はだから円卓の席を望まなかった。彼には推薦権がない。こちらが挑んでも旨味がないのさ」
「だが、クリフ卿の推薦権を手に入れたはずだぞ?」
「クリフ卿の推薦権はクリフ卿のものさ。彼が負ければ、クリフ卿の下へ戻る。誰を推薦するかはクリフ卿次第だよ」
「なんとややこしい……」
「そういう風にしないと、勝ち残った相手を破るだけで勝負が決まるからね。あくまで推薦という体を取っているのはそういうことさ。とはいえ、自分に勝った者に勝った相手。レックス卿ならそれだけでその相手を推薦するだろうけど、皆が皆、そういうわけじゃない。だから彼を狙うのはあまりにも得がない。自分の手の内を晒すだけになる」
レオンの説明にレックスは顔をしかめる。
生粋の武人であるレックスにとって、ややこしい制度の中での戦いは面倒臭いとしか映らなかったのだ。
「もっと簡単にならんのか?」
「ならないね。そもそも序列一位が有利なように作られている。力も技も温存できるし、情報も手に入る。そういう状況を打破できる者だけが、序列一位を奪えるのさ。その厳しさを騎士レイベールは承知しているんだろうね。自分は勲章さえあれば好きなように攻撃できるけど、こっちから攻撃はできない。得がない中で攻撃してきたら、それはそれで構わない。勲章を必要とはしないし、その時点で自分のフィールドに引きずり込んでいる。賢い戦略だよ」
常に主導権を確保しておきたい。
その意思を感じ取って、レオンは笑う。
何が何でも推薦権を勝ち取り、序列一位に挑む気だとわかったからだ。
「勲章ならいくらでも手に入れられる。その余裕が彼の戦略を支えている。情報が集まり、勝てると踏んだら彼は動くだろうね。そうなったら苦戦は必至」
「ならばこちらから挑むまで」
「それが一番簡単だけど、そうなると手の内が他の円卓の聖騎士にバレてしまう。できるだけ温存はしたいよね」
「では、どうする?」
「ほかの円卓の聖騎士が彼を潰すのを待つ、もしくは潰すように仕向ける。それが一番賢いだろうね」
「友である貴公が望むなら我が行くぞ。あれほどの剣士だ。我も手合わせは願いたいからな」
「だけど、負けたら彼が二つ目の推薦権を手に入れる。それはリスクだよ。こう考えている時点で、彼の思うつぼだろうね」
レオンは笑いながら席を立つ。
そんなレオンの後に続きながら、レックスは告げる。
「我が負けると?」
「彼の王剣は謎が多い。あれほどクリフ卿に対して相性の良い王剣があるのに、すぐには使わなかった。あの王剣がクリフ卿を狙った理由だろうに、出し渋った理由はなんだろう?」
「手の内を隠しておきたかったのではないか?」
「かもしれないね。けど、そうじゃないかもしれない。どうせほかの円卓の聖騎士はまだ動かない。しばらく情報を集めるよ」
レオンはそう言って笑う。
そんなレオンを見ながら、レックスはため息を吐いた。
あれこれと言葉を並べているが、レオンから戦意が溢れていることに気付いていたからだ。
きっとどうやって自分が勝つか、そのことを考えているのだろう。
やはり自分の友だな、と思いつつ、レックスは静かにレオンの後を追ったのだった。
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「強烈でしたな」
部屋に戻ったエステルに対して、ラグネルは告げた。
その言葉にエステルは苦笑する。
「大人しいほうだったとわたくしは思いますわ。王剣使い同士の戦闘ですもの。手足が飛ばないだけマシだったのでは?」
「それもそうですが……」
「最後、拳を使ったのはわたくしに気を遣ったからでしょう。剣を使ったほうが楽だったと思いますわ」
エステルの言葉にラグネルはため息を吐いた。
いくつも戦地を見ているエステルにとって、今回の戦闘は大人しかったと映る。
聖皇が病弱ゆえ、エステルが戦地に顔を出すことは多かった。
そのせいか、ああいう光景にも慣れてしまったのだ。
できれば慣れてほしくなかった。
親心に近いものを感じながら、ラグネルはエステルに訊ねた。
「姫殿下、彼についてはどうなさるおつもりですか?」
「どうもしませんわ。このまま見守ることしかわたくしにはできませんもの」
「では接触しないということでよろしいですか?」
「そうですわね……そういえばこの後、少し予定が空いていましたわね? ちょうどいいですわ」
「……」
「呼んできてもらえますか? ラグネル卿」
自由なエステルに何を言っても無駄だと悟り、ラグネルは静かに頷くのだった。