第二十二話 ムカつく
「くっ!」
クリフは俺の硝子の王剣を普通の剣で受け止めていた。
良い判断だ。
魔力を斬る剣ならば、魔力のない物で受け止めればいい。
即座に対応できるあたり、大した観察力と対応力だ。
しかし、剣技で劣るクリフでは俺の剣を受け止めることはできない。
直接斬られるわけにいかないから、盾がガードする。そして魔力が削られる。
すでにじり貧だ。
想定していた持久戦ではなく、消耗戦。
予想外とはまさにこのことだろう。
クリフは何か手を打とうと考えているようだが、あまりにも相性が悪すぎる。
クリフの強さは王剣だ。それが効かないとなると、クリフ自身の力で戦わないといけない。
だが、そこに自信がないから王剣主体の戦いをしていたのだ。
打破する力はクリフにはない。
「こんなことが……あってたまるか!」
「ありえるんだよ」
クリフが振った剣を避け、俺は突きを繰り出す。
今回は盾の動きが鈍い。
なんとかクリフの体だけは守るが、もはや最初の精彩はない。
「はぁはぁ……」
クリフは顔を歪めながら距離を取るが、片膝をついて荒い息を吐く。
状況は最悪。
対応だけでは間に合わない。
この状況を打破するには、自分から動くしかない。
「……ふざけるな……ふざけるな!」
「ふざけてないが?」
「ふざけている! こんなことがあってたまるか! 人生を賭けた勝負が……こんな! 相性だけで決まってたまるか!」
「相性だけで決まったと思っているなら、それがお前の限界だな。絶対の必勝戦術。それを構築して満足していたからお前は負けるんだ。勝負は何があるかわからない。だから準備をする。精一杯の悪あがきをするために、な」
魔法が使えないから剣にすべてを捧げた。
それだけじゃ勝てない相手がいるから、王剣を身に着けた。
その王剣で勝つためには情報が必要だから、戦う前から準備をしてきた。
頑張るのは当然だ。欲しいものがあるのだから、必死にやるのは当然。当たり前だ。
そこからどこまで想像力を広げられるか。
相手は自分と同格の強者なのだから。
少しでも自分の選択肢は増やしておかなければいけない。
少しでも自分が有利なように立ち回らないといけない。
人生が掛かっているんだ。
この勝負もこれからの勝負も。
「我がライオネル家の悲願が……こんなところで……! 貴様なんかに!」
「気持ちじゃ勝負は決まらない。背負った物も関係ない。強い奴が勝つ。それが勝負で、残酷だからやれることをやる。お前はそれを怠った」
十年前。
決めたんだ。
頑張る、と。
絶対に諦めない、と。
だから頑張った。
だから諦めなかった。
そしてこの場にたどり着いた。
ただただ、彼女の隣に立ちたかったから。
その障害が十二人の円卓の聖騎士。
全員蹴散らすつもりで準備してきた。
想像を絶する修行にだって耐えた。
それでも負けたら終わりだ。
俺がどれほど想っていても関係ない。
どれだけ悔しくても関係ない。
敗者復活なんて生易しいシステムはない。
円卓序列一位には最強の聖騎士がなる。そして聖皇姫の夫は、その最強の聖騎士が相応しいとされている。
なら、やることは決まっている。
最強になって、認めさせるしかない。
「勝ち誇るな! 馬鹿がっ!!」
クリフは一瞬で巨大な魔力の壁を俺の周りに作り出す。
逃げ場はなくなった。
そのままクリフが俺へと突っ込んでくる。
魔力を削られても、一撃を与える魂胆だろう。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
クリフの突きが俺へと向かうが、その突きは空を斬る。
俺がクリフの頭上へ飛んだからだ。
だが、避けられることくらいクリフも覚悟の上だろう。
「貴様も終わりだ!」
硝子の聖剣は魔力を斬るだけだ。それ以外は普通の剣と変わらない。
だから魔力が削られることを覚悟すれば、どうということはない。そういう判断だろう。
割り切った選択。
そうなるとできることは限られている。
なにせ相手は痛み分けを狙っているのだから。
俺は硝子の王剣を振るうが、クリフも防御は盾に任せて剣を俺の顔に向かって振るってきた。
「な、にぃ……?」
「あんえんあっああ」
俺はクリフの剣を噛むことで受け止めていた。
まさか、そんな止め方をするとは思っていなかったのか、クリフの動きが止まる。
どんなに辛い鍛錬を積んだか知らないが、自信をもっていえる。
潜ってきた修羅場が違う。
そのまま動きの止まったクリフに対して、俺は連続攻撃を仕掛けた。
すべて盾が受け止め、クリフの王剣がゆっくりと消失していく。
もはや王剣を維持する魔力がなくなったのだ。
「退け、円卓。お前らは全員邪魔だ」
「そんな……」
王剣が消え去り、俺は追撃体勢に入る。
クリフはその光景を見て、絶望の表情を見せる。
だが、すぐに我に返って口を開く。
「ま、まい、ぐぉ!?」
まいった。
その言葉を俺は右ストレートで黙らせた。
王剣が維持できなくなったから、潔く負けを認める?
実力では負けてない、みたいな格好つけた負け方を認めるわけがないだろうが。
惨めに頭を下げて負けを認めるまでは、俺が認めない。
心が折れないなら敗北じゃない。
「言ったはずだぞ……立ち直れない敗北を味わわせてやると」
「ま、待て! 話せば!」
「わからんよ」
右、左のコンビネーション。
膝を腹部に入れて、くの字になったところにアッパー。
ハイキックを横顔に食らわせて、壁まで吹き飛ばす。
壁に突っ込んで、フラフラなクリフに肉薄して、そのまま殴り続ける。
こういう奴は一度の敗北で徹底的に上下関係を叩き込んでおくに限る。
復讐なんて考えられないくらいの恐怖を食らわせてやる。
まぁ、すべて建前だが。
「やめっ……俺が、なにを……」
「特に何も」
ただ最初の標的だっただけだ。
被害らしい被害は受けていない。
殺すほどの何かをされたわけじゃない。
そう。
恨みはない。
こんなにするほどの大義は俺にはない。
弱者を甚振っていると言われるだろう。
だけど。
「ただ、俺の初恋の女性を自分の女扱いしたお前が〝ムカつく〟だけだ」
「そんなぁ……」
もうクリフの顔は腫れあがり、血だらけだ。
それでもやめない。
ひたすら殴り続ける。
明確な殺意を乗せて、拳を振るう。
それがクリフの恐怖を増長させる。
本当に殺される。
そう思ったのか、クリフは弱弱しい声で告げた。
「じ、自分の敗けで、す……」
「ほかに何か言うことはあるか?」
「ず、ずみまぜんでした……」
涙を流しながら、クリフは頭から倒れ込んだ。
土下座のような恰好で気絶している。
それを見て、傍観していたラグネルが口を開いた。
「そこまで。勝負あった。勝者は騎士レイベール!」
その宣告を聞きながら、俺は拳に刺さったクリフの歯を抜いて、気絶しているクリフに投げ返したのだった。
まずは一つ。




