第十九位 招集
十日後。
聖天城。
正午より円卓序列第十位クリフ・ライオネルと勲章を返還したレイベール・ロートレックとの決闘が行われるため、動ける円卓の聖騎士は城に集まっていた。
「ふん! 竜王種を討伐したとはいえ、勲章を返還して円卓の聖騎士に挑むとは。我は認めぬ。舐められたものだと思わんか?」
そう言うのは大柄な竜人族の男。
その背には円卓の聖騎士を示すマントがあった。
「僕は舐められたとは思わないけどね。わざわざクリフ卿を指名するあたり、考えがあっての挑戦だと思うよ」
そんな竜人族の男の隣を歩き、答えるのは細身の騎士だった。
明るい金髪を背中で結っている。
その背には円卓の聖騎士を示すマントがあった。
「来たか、レックス卿、レオン卿」
「久しぶりだな、ラグネル卿」
「お久しぶりです、ラグネル卿」
出迎えたのは円卓序列第二位、ラグネル。
そんなラグネルに真っ先に竜人族の男、レックスが質問した。
「ラグネル卿、なぜ挑戦を許したのだ?」
「勲章返還による円卓への挑戦は全ての騎士に与えられた権利だ。許すものではない」
「円卓の聖騎士は国防の要。このように呼び出されては諸外国に隙を見せることになろう。現に任地を離れられない者もいる。一度、勲章を貰った程度の聖騎士に我らが振り回されてはかなわん!」
「気持ちはわかる。だが、今回、円卓の聖騎士を招集したのは姫殿下だ。希望があったわけでも、決まりがあるわけでもない。姫殿下が判断されたのだ。何か訳があるのだろう」
「気を引き締めよということか?」
「かもしれん。もしくは」
「挑戦する騎士を見ておけということですか?」
金髪の騎士、レオンは静かに告げる。
ラグネルはそんなレオンの言葉に頷く。
「姫殿下が期待するような騎士ということかな? 新たな同僚になるならば、見ておくのは悪くないかもよ? レックス卿」
「どうだか」
「同僚になるならばいいのだがな」
「同僚でないなら、何になると言うのだ?」
「敵だな。序列一位に挑むための」
ラグネルの言葉にレックスとレオンは一瞬、固まった。
それは最近、円卓の聖騎士の間ではタブーだったからだ。
誰かが始めれば、円卓の聖騎士による推薦権を巡る戦いが始まる。
蹴落とし合戦となり、国にとってはあまり良いことはない。
なによりラグネルにとって、子供の頃から見てきた姫を褒美のように奪い合うのは気分が良くなかった。
だからこそ、ラグネルはその話が出る度に不機嫌な雰囲気をだしていたのだ。
だが。
「我は姫殿下に忠誠を誓っておるゆえ、そのような争いには首を突っ込まぬ。勝手に始めればよいと思っているが、貴公は違うな?」
「そうだね。始めるのは僕かと思っていたけれど、まさか円卓の聖騎士以外が火蓋を切るとは」
「あくまで想像の話だ。だが、騎士レイベールが求めるモノでそれははっきりする。もしも円卓の座を望むならば、それを求めるだろう。だが、その先である円卓序列一位、ひいては姫殿下の夫という地位を望むならば、クリフ卿には円卓序列一位に挑戦する際の推薦を求めるだろう」
「噂の無法騎士がそんな野心家だったなんて。誤算だったなぁ」
レオンは肩を竦めながら剣に触れる。
そういうことならば、見る目も違ってくるからだ。
興味の対象から、倒すべき対象へと変わる。
闘争心をむき出しにし始めたレオンを横目に、レックスはため息を吐く。
「我には人間のことが分からぬよ。姫殿下が女王になればそれでよいではないか。誰も統治に不満を持っていない」
「女王がいなかったわけではないが、その女王も例外なく序列一位を夫としている。最強の騎士を夫に迎えるということは、大切なことなのだ」
「ならば貴公が序列一位になればいい。貴公ならば我も喜んで推薦する。聖皇陛下は最初、貴公を序列一位にと考えていたと聞いたが?」
「その意思はない。姫殿下を傍で守るのが責務であり、望みだ」
ラグネルはそう言って会話を打ち切る。
立ち去ったラグネルをみながら、レックスは渋い表情を浮かべていた。
「ラグネル卿にとって姫殿下は娘みたいなものだからね。無理な話だよ」
「では、貴公はクリフ卿のような輩が王になっても平気だと? 姫殿下を自分の女などとほざいておるそうだぞ? 我は耐えられぬ」
「僕も彼が気に入らないよ。ああいうタイプが一番許せないよね。だから安心してよ、僕がなるからさ」
「貴公が姫殿下に相応しいと思っているなら、友として推薦している。そうしないのは、貴公が姫殿下の夫になるのは不安でしかないからだ」
「えー」
レオンの不満そうな声を無視して、レックスは歩き出した。
決闘は正午から。
円卓の聖騎士による争いが始まるか、それともただ円卓の座を巡る争いになるのか。
始まればわかることだ。
「無法騎士君は強いのかな?」
「弱くはあるまい。円卓の聖騎士に名を連ねるほどかはわからぬ。深手を負っていた竜王種ならば誰もが勝てる。それが円卓の聖騎士だからな」
「厳しいね。それじゃあ僕をどう見る? 上位の面々に勝てるかな?」
「貴公は六位で我は七位。戦って負けるとは思わぬが、勝てるとも思えぬ。おそらく互角といったところ。我と互角ではラグネル卿には勝てぬと言っておこう」
「冷静な分析ありがとう。これからの鍛錬に身が入るよ」
そんな会話をしながら二人は城に用意されている専用の部屋へ向かうのだった。
■■■
「姫殿下。円卓序列第六位、レオン・サフィールと円卓序列第七位、レックス・ルカンの二人が城へ到着しました」
玉座に座るエステルへ、ラグネルがそう報告する。
その報告を聞き、エステルは小さく笑う。
「ご苦労様ですわ。これであなたを含めて五名。集まったほうというべきなのでしょうね」
「来ない者たちの理由は、他国の動きを警戒してというものでしたが、本当にその理由で動かないのか疑問ですな」
「興味がないという者が多数ということですわね」
「指名されたのがクリフ卿でなければ、他の者も見学に来たのでしょうが」
「正直、嫌われていますものね、クリフ卿は」
「それもありますが、クリフ卿は王剣を大々的に使います。戦い方も周知の事実。今さら見たいとは思わないのでしょう」
「なるほど。ちなみにラグネル卿はクリフ卿の王剣を破れますか?」
エステルの質問にラグネルは静かに返した。
「姫殿下の仰せとあらば」
「心強いですわね」
「……姫殿下、どうかお聞かせ願いたいことがございます」
「はい、なんでしょうか?」
「騎士レイベールは……かつての少年ですか?」
「ラグネル卿にしては無意味な質問ですわね。だとしたら、どうするのですか?」
「何も致しません。ただ、当時の彼と今の彼があまりにも一致しなかったので」
「……そうですわね。どうやったらあそこまで強くなれるのでしょうか? 決闘が終わったら聞いてみましょう」
そう言ってエステルは立ち上がる。
直接言ったわけではないが、もはやレイベールがレイモンドであることを認めている。
だが、それに驚きはなかった。
ラグネルもほぼ確信していたからだ。
エステルの反応から。
しかし。
「姫殿下は彼が負けるとは思わないのですか?」
「知っていますか? 黒極星の魔眼はとても珍しい魔眼です。ですが、発現する者には共通の特徴があるそうです。今までの保持者は全員、諦めが悪いのだとか。死中に活を求めるような、そんな諦めの悪い者だけがあの魔眼を有します。だからわたくしはレイを信じます。彼はきっと諦めない」
そう言ってエステルは笑みを浮かべながら歩き出したのだった。




