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第一話 転生王子レイモンド



 今から十八年前。

 俺はこの世界に生を受けた。

 前世の記憶を持ったまま。

 前世の俺は日本という国の鈴木という人間で、悲惨な人生を送っていた。

 前世での俺は三十五歳。恋人なしの童貞で、友人もいない寂しい男。しかもブラック企業に勤める底辺サラリーマンだった。

 学がなかったため、ろくな仕事がなかったのだ。

 低賃金で朝から夜まで働かされて、それでも生活はギリギリで。

 活路の見えない暗い人生をひたすら走っていた。

 けど、生きているだけの人生でもあった。

 生活なんてない。ただ生きているだけ。

 止まれば死んでしまうから。死にたくないから。だから働いていた。

 まだそこらへんの野良猫のほうが生きるということを楽しんでいたんじゃないか? と思うような人生だった。

 そして最期もあっけなかった。

 目を覚ました時。俺の部屋は火に包まれていた。

 息苦しさでベッドから起き上がれない。

 すぐにわかった。もう助からない。手遅れだと。

 友達もいない。恋人もいない。家族ともほとんど連絡していない。周りには助けてくれる人もいなかった。

 きっとすぐに気づければ結末も違っていただろう。

 頑張って、頑張り抜いて……最期がこれでは笑えない。

 俺の人生はいったい何だっただろうか……?

 自問するが、答えは出てこない。

 苦しさも永遠には続かない。

 だんだん熱さも感じなくなってきて、やがて息苦しさと共に意識を失った。

 最期に見たのは汚い天井。最期まで面白味のない人生だった。

 そうやって俺の前世は終わりを告げた。

 だけど、神様はそんな不憫の俺を見てくれていたらしい。

 こうしてもう一度、新たな人生を歩む権利をくれた。

 しかも。

 この世界には魔法があり、俺は才能豊かな大国の王子だった。

 前世がハードモード過ぎたから、今回はイージーモードが確約されたのだ。

 人生の難易度なんて、大半は生まれで決まる。

 親が偉くて、金を持っていれば息子は楽をできるのだ。

 だから俺は誓った。

 今回は決して頑張らない、と。




■■■




「レイモンド殿下! 陛下がお呼びです! 出てきてください!」

「えー……」


 自分の部屋の中で、俺は面倒くさそうに声をあげる。

 ムーラント大陸の北西を領土とする大国、ガリオール王国の第三王子、レイモンド・ガリオール。

 現在、八歳。

 それが今の俺だ。

 当然、父親はこの国の国王。俺を溺愛してくれる父上で、俺の至福の昼寝を邪魔するような人じゃないんだが……。

 どうやら用があるらしい。

 このまま無視して寝てしまってもいいが……まぁ会ってやるか。

 ベッドから降りて、鏡を見て身だしなみを整える。

 鏡に映る姿はふっくらとした黒髪蒼眼の少年。

 良い物食ってるせいか、どうも小太り気味だが、まぁ顔も悪くない。

 自分のスペックに満足しつつ、俺はメイドに連れられて王の間へと向かった。


「おー! レイ! よく来たな!」


 ひげ面のおっさんがわざわざ駆け寄ってきて俺を抱き上げた。

 今世の俺の父親、ガリオール王国の国王、ディオン・ガリオールだ。

 俺と同じくややポッチャリ体型。

 父上は俺を抱き上げたまま、髭を擦り付けてくる。

 痛いが、まぁ愛情表現だろう。

 最初のほうはおっさんに顔を近づけられたり、甘えるというのに抵抗もあったが、八年も子供をやってれば慣れるものだ。

 なにより愛されているというのがよく理解できる。

 それだけで前世の意識から来る抵抗など消えてなくなった。


「父上、眠いです……」

「おお! 悪かったな! 父を許してくれるか?」

「今日はお肉が食べたいです」

「そうかそうか! それはいい! そうしよう!」


 甘々な態度で父上は俺を膝にのせて、玉座に腰かける。

 王の間には主要な大臣たちが勢ぞろいしていた。

 何か重要な会議だったのは間違いない。


「陛下、よろしいでしょうか?」

「よい。レイ、実は頼みがあってだな」

「えー……」

「そう嫌がるな。たまには父の頼みを聞いてくれ」

「一体なんです……?」


 俺が訝し気に聞き返すと、父上は大臣の一人に目配せをした。


「かしこまりました……では、改めまして、会議の続きを。我が国の国境付近で行われますログレス騎士皇国との同盟会談ですが、騎士聖皇陛下の名代として聖皇姫殿下が出席なさるそうです」


 ムーラント大陸は崩れたハート型の大陸だ。

 ガリオール王国は北東の膨らんだ部分を領土としている。そんなガリオール王国の大陸中央部への進出を阻止しているのが、ログレス騎士皇国。

 国土的にはそこまで大きくはない。

 ただ、皇族直下の精鋭である聖騎士たちが規格外に強い。

 立地の関係で、複数の国から侵攻を受けるのもざらだが、それらを苦も無くはじき返す強国だ。


「聖皇は病がちだからな……それでな、レイ。その姫はお前と同い年らしいのだ」

「それが俺と何の関係が?」

「補佐として自慢の円卓の聖騎士が二人ほど来るそうだが……まだ幼い姫が大人ばかりに囲まれては不安だろうと思ってな。一緒に来てはくれないか? 国境まで」

「えー……なんで俺がそんな旅に同行しなくちゃいけないんですか……」


 この世界には魔法がある。

 だが、それで文明が現代日本ばりに便利になるわけじゃない。

 移動は基本的に馬車だ。

 この世界の動物は地球と比べると大抵が強靭だから、地球の馬車よりは早いだろうが……。

 数日はかかる長旅だ。

 正直面倒だ。


「余と旅だ。どうだ? 悪くあるまい?」

「はぁ……わかりました」


 仕方なく俺は頷いた。

 あまり父上の頼みを無碍にしていると、嫌われかねない。


「おお! さすがレイ! 我が自慢の息子だ! 物分かりが良くて助かるぞ! 会議の後、たっぷり姫と遊んで、仲良くなってくれ!」


 そう言って父上は俺に髭を擦り付けてくる。

 そんな様子を見て、大臣たちは呆れている。


「ログレスは敵対関係にあったとはいえ、我が国とは数年睨み合っていただけ。円卓の聖騎士を見せつけ、自分たちの脅威を見せつけるのが狙いかと」

「やれやれ……よりにもよって、大陸最強の国が我が国の入口を塞いでおるとはな」

「父上、ログレス騎士皇国は我が国より強いのですか?」

「興味があるか?」

「まぁ、多少は」

「よろしい! では、軍務大臣。我が国とログレスとの比較を聞かせてもらおうか」

「はっ! 我がガリオール王国の武器は物量と最新鋭の装備です。一方、ログレスは軍の数や装備はさほどではありません。しかし、精鋭である聖騎士がそれを補って余りある力を発揮します。とくに王の最側近である十二人の円卓の聖騎士は大陸最強。武人ならば誰もが憧れるのが、この円卓の聖騎士です。そのせいか、ログレスには他国からも強力な人材が入ってきます。激突すれば、おそらく互角。いずれは物量で押し切れるでしょうが、その後、数年は軍の力を蓄えねばなりません」

「わかったか? 我らは大陸中央の豊富な資源や流通路が欲しいが、ログレスを負かしても守り抜くほどの力がない。ゆえに我らは戦わない。損しかないからな」

「なるほど。疲弊するのを待ってるんですね」

「さすが我が息子だ! 聡いな!」


 父上が俺の頭を撫でながら、大臣たちに自慢していく。

 適度に優秀さを見せるから、父上は俺に甘い。

 だが、優秀過ぎては駄目だ。俺の上には兄がいるからだ。

 何事もほどほど。

 それが楽な人生の歩み方というものだ。


「では、同盟会談にはレイを連れていく。向こうのように、こちらの武威を誇っても仕方ないからな。相手はまだまだ幼い。配慮せよ」

「はっ!」





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