第十七話 勲章授与
十日後。
一連の事件の後始末はかなり長引いた。
鎧を装着された民たちは、自力では立てないほどのダメージを受けていたし、エステルはエステルで外交交渉を終わらせていた。
どうみても外交交渉はエステルを誘い出す罠だった。
そのことについて、エステルは直接言及しなかったそうだ。ただし、だいぶ騎士皇国有利で交渉をまとめたらしい。
咎めないかわりに利益を得たということだろう。
したたかなものだ。関わっている証拠はないからな、突いて開き直られるより怯えてもらったほうがいいと判断したんだろう。
「いよいよ勲章授与ですね」
「そうだな」
そわそわしながらミラに答える。
そんな俺に対して、ミラは心底気持ち悪そうな表情で告げた。
「まさかその顔で姫殿下の前に出る気ですか?」
「顔は変わらんよ……」
「その緩み切っただらしない表情のことです。もう少し引き締められないのですか?」
「えー? 緩んでるか? 普通のつもりなんだが……」
「少しわかりづらい言い方をしますと、気持ち悪いです」
「ありがとう、わかりやすい」
頬を両手で叩き、何度も揉み込む。
そしてキリっとした表情を浮かべて、勲章授与への準備をした。
この後、俺は城に呼ばれてエステルから勲章を授与される。
直接、エステルから渡されるのだ。
この前は会話だけだった。
ようやく会える。
噂はずっと聞いてきた。
さぞや綺麗になっているんだろう。
可愛いんだろうなぁ。
「はぁ……レイ様、いえ、レイモンド殿下。姫殿下はあなたの出自を知っておられます。どうかガリオール王家の威厳を損なわないように」
「髪切っておけばよかった……」
「……」
視線をあげると、ミラがいつもの五割増しで冷たい視線を向けて来ていた。
どうやら相当気持ち悪いらしい。
気をつけよう。
■■■
聖天城。
玉座の間には、騎士皇国の重臣たちが集まっていた。
そんな中、俺の名が呼ばれた。
「ロートレック小隊隊長、騎士レイベール! エステル・ヴァン・ログレス皇女殿下がお呼びである! 入室せよ!」
敷かれたカーペットを歩き、玉座に座るエステルの下へ向かう。
十年前。
彼女の優しさに救われた。
こんな人の隣にいられたら、と思った。
まだ隣には届かないけれど。
ようやく彼女の前に出ることはできた。
「騎士レイベールの功績は三つ! 闇竜王討伐、大陸六魔工クラウンの捕縛、殿下への救援。以上の大功によって、騎士レイベールには殿下より聖騎士勲章と剣が授けられる! 騎士レイベールは前へ!」
少し高い所に作られた玉座。
そこに上ると、成長したエステルがいた。
綺麗だ。とても。
だが、その奥にある優しさは変わらない。
満面の笑みを浮かべながら、エステルは告げる。
「此度の働きに心より感謝しますわ、騎士レイべール」
「ありがたく」
そう言ってエステルは勲章を俺の胸につけ、儀礼剣を授けた。
膝をつき、それを両手で受け取った。
本来ならばこのまま下がる。
だが、俺は下がらない。
「き、騎士レイベール……?」
司会を務めていた大臣が困惑した様子で声をかけてきた。
だが、俺も、俺の前にいるエステルも動じない。
わかっているからだ。
この勲章は通行手形でしかない。
「姫殿下、どうか非礼をお許しください。姫殿下より頂いたこの勲章、お返しさせていただきたいと思います」
「……では何を望むのですか?」
「――円卓の聖騎士への挑戦権をいただきたいと思います」
玉座の間が一瞬、騒然となった。
そんな馬鹿な制度を使う者など、歴史的にみても滅多にいなかったからだ。
だが、制度はある。
勲章を得た者は勲章を返還することで、円卓の聖騎士に挑戦することができるという制度が。
愚かしい行為だと誰もが知っている。
名誉ある勲章だ。褒美も貰える。
それを捨て、円卓の聖騎士に挑むなど馬鹿げている。
挑戦権と勲章ではイコールにならない。
それでも俺は勲章を外し、儀礼剣と共にエステルに返した。
勲章に興味などない。
俺が目指すのはその先だからだ。
「あなたの考えはわかりましたわ。では、ログレス騎士皇国の姫として、問いましょう。大陸最強、我が円卓の聖騎士たちに挑むことの意味を理解していますか?」
「重々承知しております」
「よろしいですわ。では、指名を。我が円卓の聖騎士に挑戦を恐れる者など一人もおりませんわ。勇気と敬意をもって相手の名を宣言しなさい」
「ありがたく……円卓序列十位、クリフ卿を指名します」
円卓序列一位に挑戦するには、その他の円卓の聖騎士たちによる推薦がいる。
これは推薦を勝ち取るための戦いだ。
推薦するということは、序列一位への挑戦権を諦めるということ。それはエステルの夫になることを諦めることに繋がる。
ああいう奴にはさっさと諦めてもらわないと困る。
「その挑戦、エステル・ヴァン・ログレスの名において認めますわ。これは決闘。ゆえにクリフ卿に正式に伝わってから、十日の期間を置きますわ。正々堂々とした戦いを期待します」
「姫殿下の名に恥じぬ戦いを」
そう言って俺は頭を下げる。
そんな俺の耳元でエステルが囁く。
「その強い眼がお変わりなく、嬉しく思いますわ、レイ」
ゆっくり顔を上げる。
そこには女神のように微笑むエステルがいた。眩しくて、でも暖かい。だから傍にいたいと思える。
そんな笑顔がそこにはあった。
そんなエステルはすぐに真剣な表情で重臣たちに告げた。
「このことは国防に関わることゆえ、一切の口外を禁じますわ。皆、何事もなく過ごしなさい。ラグネル卿」
「はっ!」
「動ける円卓の聖騎士たちを城へ招集してくださいな。決闘は彼らとわたくしの前で行わせますわ」
「かしこまりました」
こうして俺の勲章授与と返還は終わりを迎え、円卓の聖騎士への挑戦が始まったのだった。