第十六話 剣聖の剣技
「――遅参をお許しを、姫殿下。そのうえで、どうか少しだけ俺に時間をお与えください。あなたの望む結末をきっと実現させてみせます」
言いながら、俺は深く安堵した。
ラグネルが剣に手をかけていると言うことは、本当に数秒遅れていたら、すべて手遅れだった。
どうにか間に合った。
自分の身を守るのは当然の権利だ。国家の指導者なら尚更だ。
だからエステルの選択は、人として、指導者として当たり前だ。
それでも好む、好まざるという感覚は存在する。
合っているから好ましいというものでもない。
人には感情があるのだから。
だから、すべては無理でも。
エステルには好む選択をしてほしい。その手助けをするために聖騎士になったのだから。
「は、速すぎる……一体、何者かな、君は? いやぁ、世界が揺れている……」
「良かったな。間に合わなきゃ殺してた」
「ええぇっっ!!??」
横でへたり込んでいたクラウンは、俺の言葉に驚いてみせる。
当たり前だ。元凶はこいつなのだから。
「もう限界です!」
周りにいた聖騎士たちが悲鳴に近い声を漏らす。
彼らが張った防御魔法は今にも崩れそうだ。
だが。
「泣き言はいいから数分持たせろ! 俺が片付けるまで解くなよ!」
「なんだと!? 何様のつもりだ!」
「何様でもいい! 姫殿下の護衛に選ばれた聖騎士なら自負があるはずだ。少しは矜持を見せてみろ!」
「あとから来て好き勝手言いおって!!」
文句を言いながら、少しだけ聖騎士たちは持ち直す。
だが、気合で持たせているだけだ。
長くは持たない。
だから俺は馬車のほうを見た。
すると、透き通った声が俺の耳に届く。
かつてのように心地よい声が。
「――任せますわ、騎士レイベール」
「お任せを」
一礼したあと、俺は地面を蹴って加速し、防御魔法の壁を飛び越えて、民の一団の真ん中に着地した。
突然入ってきた敵に対して、民たちは排除を試みる。
狙うは首の後ろ。
制御核。
力加減を間違えば民の首を斬ってしまう。
弱くても強くても駄目だ。
さらにいえば時間もない。
早業で、かつ精密に。
そして優雅に。
見ているのはエステルだ。
欠片でも心配を与えるわけにはいかない。
「極剣流――紫電」
集団戦用の高速斬撃。
周りを囲う民たちの鎧。
その首の後ろを寸分違わず斬ると、俺は一息つく。
「よーし、硬さは覚えたぞ」
俺の師匠は剣聖。
化け物すぎて人間社会に馴染めなかった怪物だ。
剣のすべてを極めたという自負があるからこそ、その剣技に極剣流という名前をつけた。
それを俺は身につけている。
魔法の使えない俺にはそれしかなかった。
どれだけ辛くても。
どれだけ死にそうでも。
モノにするしかなかった。
困難な道を自分で選んだつもりだったが、想像の遥か上を行くハードモードだった。
それでも諦めなかったのは、この未来を夢見ていたからだ。
今、この瞬間を夢見ていた。ここが俺の希望の光だった。
大陸最強国。ログレス騎士皇国の聖皇姫。
エステルを守る騎士として、剣を振るうのだと決めていた。
だから諦めなかった。
深く息を吐き、足に力を込める。
硬さは覚えた。
間違いはありえない。あとは速さ重視でいい。
一団の間を高速で移動しながら、首の後ろにある制御核を斬っていく。
すれ違い様。
肩でも叩くような感覚で鎧の中枢を破壊していく。
時間にして一分ほど。
すべての民が地面に倒れていた。
無理やり動かされた反動で、だいぶ体に支障をきたしているようだが、誰も死んではいない。
「民の保護を! すぐに鎧を外せ!」
防御魔法を解いて、ようやく一息ついている聖騎士たちに指示を出す。
勘弁してくれ、という表情を浮かべているが、彼らに治療が必要なのは事実だ。
重い体を起こし、聖騎士たちは動き始める。
彼らを手伝うべきだが、その前にやるべきことがある。
ゆっくりと馬車のほうまで歩いていき、俺は近くで片膝をついた。
「任務のご報告をよろしいでしょうか? 姫殿下」
「どうぞ、騎士レイベール」
「では……片翼山にて、大陸六魔工の一人、クラウンを確保いたしました。闇竜王ダークネスと戦闘になりましたが、討伐いたしましたのでご安心を。クラウンがすべての元凶ではありますが、クラウンに資金提供をして、利用したのは諸外国です。どうか寛大なご処置をお願いできればと思っております」
「……少し整理させてほしいのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
「今、闇竜王を討伐したと……」
「はい、クラウンの鎧で強化されておりましたが、討伐には成功しました。元々、闇竜王を利用して姫殿下の護衛である円卓の聖騎士を引き離すのが計画の根幹だったようです」
「クラウンの確保に竜王の討伐……それに民の救助……どれも勲章ものの働きですわね」
「お役に立てたならば幸いです」
馬車ごしの会話。
それでもどうにかエステルの前までやってこれた。
そのことに俺は充足感を覚えていた。
さらにエステルの口から勲章と言う言葉がでた。
つまり、勲章授与はほぼ確定事項ということだ。
「姫殿下、この場に留まるのは危険ですのですぐに移動を」
「そうですわね……騎士レイベール。民の護衛をお願いしても構いませんか?」
「もちろんです」
「……あなたが来てくれて本当に良かったですわ。不本意な選択をせずに済みました。ありがとう、どうかこれからもわたくしを支えてくださいな」
「御意」
ラグネルはすぐに少数の護衛を選抜し、北都へ向かう準備を整える。
北都にはブレントたちを向かわせたから、エステルが着く頃には防衛体制を整えているだろう。
まぁ、ラグネルがいる時点で安全なのは当たり前のなのだけど。
そんなことを思っていると。
「騎士レイベール」
「はっ」
「聖都に戻ったのち、あなたに勲章を授与いたしますわ。どのように使うかは……あなた次第ですわね」
そう言ってエステルはその場を離れていく。
最後の言葉。
俺の目的がわかっていなければ出てこない言葉だろう。
「そうか……君も気づいてたか」
呟きながら、俺は立ち上がる。
気づいてくれたことが嬉しい反面、驚かせることができなかったことへの残念さもある。
だが、何はともあれ。
第一関門は突破だ。