第十五話 姫の決断
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北都へ向かうエステルの護衛は円卓の聖騎士であるラグネル。
そして周囲を固める騎士大隊。
エステルが乗る馬車とその一団を本隊として、周囲に小隊が散っている。
広域を索敵するためだ。
異常を察知したのは東側の小隊だった。
「伝令! 東にて異常事態! 武装集団と思わしき一団がこちらに向かってます!」
「数は?」
「二百から三百! 全員鎧を着ています!」
報告を受けたラグネルは鎧という単語を耳にして、エステルへ謝罪した。
「お許しを。後手後手のツケが回ってきたようです」
「仕方ありませんわ。今は迅速な対処を」
「はっ、各小隊を東へ集中させろ」
「ほかの場所への警戒が薄くなりますが……」
「私がいる。問題ない」
「かしこまりました」
結局のところ、最後の盾であるラグネルが健在であればエステルの無事は保証される。
敵にどれだけの策があれど、打ち破れる自信がラグネルにはあった。
さらにラグネルが敗れるような事態では、他の聖騎士は役に立たない。
ゆえに対処可能なうちに全力を東に注ぐことに決めた。
だが。
「伝令! 伝令! 大変でございます!」
「どうした?」
「武装集団はログレス騎士皇国の民でございます! しきりに助けを求めながら、こちらに走ってきます! あまりの勢いに止められません!」
「助けを求める民だと? どういうことだ? 暴徒か?」
「いえ……どうやら無理やり動かされているようです。あくまで見た限りの判断ではありますが」
「無理やり動かすだと……?」
「ラグネル卿。おそらくクラウンの鎧でしょう。民をある程度の戦力へと引き上げる鎧やもしれませんわ」
馬車からエステルが顔を出す。
その顔は強い意思に溢れていた。
「わかっていますわね?」
「承知しています。我らは聖騎士。民を傷つけることは致しません。ですが……天秤にかけた際、優先するのは姫殿下です」
あえて優先すると言う言葉をラグネルは使った。
自分の責任で動くという意味で、だ。
優先されると言ってしまえば、エステルのせいになってしまう。
それは避けたいことだった。
だが。
「わたくしは騎士皇国をまとめる聖皇姫ですわ。他者に責任を押し付ける気はありませんわ。いざというときはわたくしが指示を出しますわ」
「……御意」
民を想うこの姫にそんな責任を負わせるわけにはいかない。
ラグネルは深く息を吐いたあと、静かに、だが重く告げた。
「全聖騎士に伝えよ。絶対死守と、な」
「は、はっ……!」
■■■
「助けてくれー!!」
「体が勝手に!」
「お母さぁぁぁん!!」
異様な光景に聖騎士たちは思わず怯んでしまった。
とんでもない速度で走ってくる集団は、同じ鎧で構成されていた。
隊列を組み、止めようとする聖騎士たちを弾いていく。
だが、その顔は皆、泣きじゃくっており、助けを求めている。
まるで地獄だ。
そんな風に思いながら、聖騎士たちは彼らを阻もうとする。
だが、数百人が突撃してくるのだ。
いくら聖騎士が強かろうとすべては止められない。
「くそっ! ここも突破された! 全員撤退! 最終防衛ラインまで退け!」
大隊長の号令を受けて、聖騎士たちはこの場での防衛を諦めて撤退する。
残るは最後の防衛ライン。
そこを破られれば、ラグネルが剣を抜く。
つまり民が死ぬということだ。
「第四深位魔法・空壁! 一斉展開!」
透明な空気の巨壁を騎士大隊が総出で作り出した。
それが一団を押さえつけるが、少しだけ。
本当に少しだけ一団の圧力のほうが上だった。
空気の巨壁は徐々に押されていく。
所詮は魔力で作り出したものだ。使用者たちの魔力が切れれば効力を失う。
そうだとわかっているかのように、一団は焦らない。否、鎧は焦らない。
少しずつ、一団が進んでくる。
「ラグネル卿……このままでは突破されます。どうか方針をお決めください」
「……」
ラグネルはしばし考え込んだ。
蹴散らすのは簡単だ。
だが、民を無事にとなると話は違う。
何度か聖騎士が放った魔法はすべて弾かれている。
あの鎧たちが獣虎族が使っていたモノの発展形なのは言うまでもない。
あの時はレイベールが制圧した。獣虎族を殺すことなく。
しかし、あの時とは違う。
着ているのは何の訓練も受けていない民だ。
鎧を破壊すれば、その余波で無視できないダメージを負ってしまう。
鎧だけを斬ることもラグネルほどになれば可能だ。
だが、その余波までは防げない。
すでに無理やり体を動かす弊害は出ている。
「痛いぃ……」
「やめてくれぇ……」
皆、痛みを訴えていた。
本来、動けないはずの力、速度で体を動かし続けているのだ。
反動は当然だ。
もはやボロボロの状態の民たちは、きっと鎧を破壊する余波にも耐えられない。
ラグネルの剣は強力すぎるのだ。ただの一振りでも一撃必殺。
剛の剣だ。
相手が強力なモンスターならば有用だが、相手が民では過剰でしかない。
「……円卓序列二位、ラグネル・ゴーヴァンの全責任において」
ラグネルは自らの大剣に手をかけた。
その気になれば一団をまとめて吹き飛ばすことなど容易かった。
ただ、民の安全が保障できないだけで。
だが、もはやそうも言っていられない。
「ラグネル卿……勝手は許しませんわ」
「姫殿下……」
ラグネルを制止して、エステルは深く息を吐く。
今も助けを求める民の声がエステルの耳に届いていた。
彼らを助けたい気持ちはある。
ただ、助ける手段が欠如していた。
ならば優先すべきは自分の安全。
それが国のためだ。
幼い頃から帝王学を叩き込まれてきた。
時には民を切り捨てることが大切だとも理解していた。
だが、それがここまで辛いことだとは思わなかった。
統治者が倒れれば、混乱が生まれる。その混乱は民を苦しめる。
だからこそ、倒れてはいけない。常に方針を示し続けなければいけない。
わかっていても、胸が苦しくて仕方なかった。
歴代の王たちはこの苦しみに耐えているのだろうか?
それとも何も感じなかったのだろうか?
何も感じないほうが楽だったに違いない。
エステルはそっとポケットからハンカチを取り出す。
辛いときはいつもハンカチを触っていた。そこだけが心の拠り所だった。
きっと後悔する。
この声をいつも思い出すことになるだろう。
それでもエステルはハンカチを握りしめて告げた。
「わたくしを守りなさい。ラグネル卿……これは命令ですわ」
「姫殿下……」
誰かに任せれば、きっともっと後悔することになる。これは自分が背負うべき責任だ。
ハンカチを握ることによって自分を落ちつけながら、エステルは命令を発した。
どれだけ嫌なことでも。
やらねばならない。
姫などと敬われるのは、その嫌な決断をするからだ。それから逃げては、自分は何者でもなくなってしまう。
だからエステルは馬車の窓から外を覗く。
ラグネルが自分を守るために剣を振るうところを目に焼きつけておくためだ。
だが、そんなラグネルと民たちの間に突然、何かが降ってきた。
そして。
「――遅参をお許しを、姫殿下。そのうえで、どうか少しだけ俺に時間をお与えください。あなたの望む結末をきっと実現させてみせます」
その声を聞き、エステルは小さく呟く。
「レイ……」