第十四話 王剣顕界
王剣顕界は魔法の最終奥義だ。
極めた者がたどり着ける秘儀。
だから魔法の使えない俺は使えるはずがないと思っていた。
だが、師匠との文字通り生死をさまよう修行の中で、俺は王剣顕界を会得した。
ただし俺の王剣は普通とは違う。
発動までに条件がいる。
まずは黒極星の魔眼との連動。
これを発動していなければ、俺は王剣を発動できない。
さらには黒極星の魔眼で未来を視なければいけない。
それはどんな未来でもいいが、とにかく視なければ王剣顕界は使えない。
その上で。
俺の王剣はとても使いにくい。
発動するのが面倒なくせに、能力自体もすこぶる面倒だ。
俺の王剣は黒極星の魔眼で視た未来を具現化する。
その未来を内封して具現化するため、その未来によって形も能力も変わってしまう。
未来は不定ゆえに、俺の王剣も不定。
大量の魔力を消費したにもかかわらず、役に立たない王剣が出てくる可能性すらある。
だから俺の王剣は使いづらい。
だが、何事も使いようではある。
未来は不確かだ。ゆえに小さな情報や移動でも変わってしまう。
ゆえに小さな行動を積み重ねていけば、そのうち可能性の低い未来も黒極星の魔眼に映る。
たとえば勝ち目のない相手に勝つ未来なんてものも映るわけだ。だが、それが実現する可能性は極小。奇跡に奇跡を重ねて、ようやく起こり得る小さな未来。
それこそとんでもない武器が空から降ってくるような、そんなことが起きなきゃ達成されない未来。
しかし、それを反映する王剣が俺にはある。
『――天極無名』
高濃度の魔力が一本の剣を作り上げていく。
今回は真っ黒に染まった日本刀だ。
能力は握った瞬間、わかる。
力業で突破が出来ない相手をどうにかできる能力だ。
「一介の聖騎士が王剣顕界……!? 君は一体何者だ!?」
「俺はレイベール……いずれ円卓序列一位になり、聖皇姫の隣に立つ男だ。まぁ、彼女が望めば、だがな」
言葉の後。
俺はダークネスの背後にいた。
すでにダークネスが纏う鎧には斬撃を加えている。
鎧に小さな傷がついたことに、クラウンは顔をしかめるが、ダークネスは笑った。
『大げさに召喚したわりには大したことのない王剣だな! この程度の傷でどうにかできると思ったか!?』
「できるさ。この刀の特性は〝呪刻〟。もう、お前の纏う鎧はお前を強化する鎧ではない。お前を弱体化させる拘束具だ」
『なにぃ……?』
そんな馬鹿な、と。
ダークネスがこちらに向かって来ようと足を前に出すが、それだけでダークネスは膝をついた。
信じられないという表情を浮かべながら、ダークネスは俺に向かってブレスを吐こうとする。
だが、まったく魔力が集まらない。
『馬鹿な……』
「反転の呪いを刻んだ。強力な鎧が仇になったな」
ダークネスの背後に回り、俺は残る片翼を斬り落とす。
さきほどまで斬撃が通らなかった体が脆いもんだ。
『馬鹿なぁぁぁ!! 我の体が! そんな!』
ダークネスは叫びながら鎧を破壊しようとするが、鎧としての強度はそのままだ。
弱体化した状態では破壊できない。
もうダークネスは詰んだのだ。
「素体として強いからこそ、竜王だ。何かに頼り、縋り、何とか外面だけを整えたお前は竜王とは呼べまい」
『我は……闇竜王ダークネスだぞ!?』
「かつては、な」
分厚い首に斬撃を加えると、一瞬でダークネスの首は飛んでいった。
こうなっては竜王も形無しだな。
デカい図体が崩れ落ち、山を揺らす。
王剣を消し、俺はクラウンを見つめる。
「呪刻の王剣だと……? そんな私への鎧にピンポイントで刺さる王剣があるなんて……」
「満足か? 至強対至強の戦いだったぞ? もっともお前の用意した相手は至強といえるほどの状態ではなかったようだがな」
「……素晴らしい……」
もう打つ手なし。
絶望するかと思ったが、歓喜の涙を流しながらクラウンは両膝をついた。
まるで俺を神かと崇めるように。
「なんということだ……これだ……これなのだ……! 王剣は本当に私の理解が及ばない! だからこそ、超える価値がある! なんと素晴らしい!」
「やっぱり変態か……」
ため息を吐きながら、俺はクラウンの前でしゃがむ。
聞かなきゃならないことがあったからだ。
「まだ死にたくはないだろ? あの鎧をどうやって作った?」
「諸外国の協力だよ! 私の理想へ理解を示してくれてね! ただ、対価も要求されたがね」
「対価だと……?」
「私が望む鎧は世界最強。一番なんだ! 一番じゃなきゃ駄目なんだ! それなりの性能の量産型じゃない! だが、彼らはそれを必要としていた。だから提供してあげたよ。何が面白いんだか……」
ぶつぶつと呟くクラウンの言葉を聞いた瞬間。
黒極星の魔眼に一つの未来が映った。
鎧を着た市民がエステルに押し寄せる未来だ。
「……戦闘能力のない民を無理やり戦士にする鎧か……?」
「その通り! 彼らの計画ではダークネス殿によって円卓の聖騎士を引き付ける予定だったらしいが、もう成功しまい。聖皇姫の傍には円卓の聖騎士がいる。量では勝てんよ」
「そういう問題じゃない! 止める方法は!?」
「首筋に制御核があるにはあるが、一つ間違えると着用者の首を斬ることになる。殺す以外に止める方法はないに等しいさ」
止めるのは簡単だろう。
護衛の円卓の聖騎士に命じればいい。
だが、それはエステルに民を殺す決断をさせるということだ。
「ついてこい!」
「わぁっ!? 何をする!?」
クラウンを担ぎ、俺は一気に山を下りた。
■■■
山を下りるとブレントとセドリックがいた。
二人とも俺の姿を見て安堵の表情を浮かべた。
だが、安堵できる状況ではない。
「聖都に緊急通話! 姫殿下の安全に関わる!」
「えっ!? は、はい!」
セドリックが急いで聖都への遠距離通話魔法を行う。
セドリックの背中に手を当てていると、俺の脳内に声が入ってきた。
『こちら聖都通話魔法隊』
「ロートレック小隊隊長のレイベールだ。大陸六魔工のクラウンを捕らえた。そこで姫殿下への襲撃計画が発覚した! 姫殿下をすぐに城へ避難させろ!」
『も、申し訳ありません……姫殿下は外交会談のために、北都へ向かっておられます』
「今すぐ連絡しろ!」
『移動中に通話魔法を使用することはできません……向こうから通話魔法を使わなければ……』
戸惑った受け手の声を聞き、俺は内心で舌打ちをする。
移動中を狙うなんて、よく考えられていることだ。
前々から練られた作戦で、外交会談もそのためのものか?
だとしたら。
「クラウン。襲撃場所を知っているな?」
「もちろん。私がダークネス殿を案内するはずだったからね」
「案内しろ。そうしたら俺の王剣の秘密を教えてやる」
「なんと! それなら喜んで! ぜひ! やらせていただく!」
まるでご褒美が貰える犬のようにクラウンは跳ねまわった。
そんなクラウンに呆れつつ、俺は聖都への受け手に伝える。
「これより俺が援護に向かう。城には万が一に備えるように伝えておけ」
『で、ですが……ロートレック小隊には撤退指示が……姫殿下の護衛はラグネル卿に任せるように、と』
「誰の命令だ!?」
『円卓の聖騎士様です……』
「じゃあそいつに言っておけ。こっちは勝手に動く。文句があるなら直接言いに来い!」
そう言うと、俺は返事も聞かずに聖都との連絡を切った。
「だ、大丈夫っすか!? あんなこと言って!」
「大丈夫だ。独立小隊だからな!」
「いや撤退命令が出てたっすよ……」
「現場の判断ってやつだ。お前たちは北都へ向かえ。姫殿下への襲撃計画ありと伝えれば、あとは向こうが勝手に動く」
「た、隊長はどうするっすか!?」
「援護に行くと言ったはずだ」
俺はクラウンの首根っこを掴むと、全力で地面を蹴って走り出した。




