第十二話 片翼山
片翼山。
地元の者でもまず近づかない魔山。
馬を乗り継ぎ、数日の旅の末に俺たちはそこにたどり着いた。
「これはこれは……」
巨大な山を見上げながら、俺は感心していた。
ここからでも巨大な魔力を感じることができる。
竜王種は伊達じゃないということか。
「さて、竜王の顔を見に行くぞ」
「いやいや! 竜王に会いにきたんじゃないっす! クラウンを探しに来たんすよ!」
「この山にいるなら竜王の下さ。よそ者が無許可で滞在することを許すほど寛容じゃないだろうからな」
そう言って俺は山を登り始める。
その後ろをブレントとセドリックが続く。
「今頃、聖都は大騒ぎでしょうね……」
「別に騒がないだろ。失敗したら問題児たちが竜王にやられるだけだからな」
俺の言葉にブレントとセドリックは顔をしかめる。
出発前にいうと止められる可能性があるため、俺たちはついさっき、長距離通話魔法で竜王の下へ向かうことを伝えた。
通話魔法を使ったのはセドリックだ。
各小隊にはそれぞれ、ある程度、通話魔法が得意な者が一人は配属されている。
特にセドリックはそれに特化した聖騎士だ。
離れた場所にいる魔導師に声を届けることができる。その距離は使用する魔導師の実力に左右される。
もちろん、受け手にも相応の実力が求められるため、聖天城には常に複数の受け手が専用の部屋で待機している。
地球でいうコールセンターみたいなものだ。もうちょっとカッコよく言うと司令室ってところか。
そこに各聖騎士からの報告が入ってくる。
そういうシステムを構築している聖騎士団ゆえに、クラウンの情報を全く掴めないのが不思議だった。
だから俺は自分の読みが外れていないだろうと半ば確信していた。
「た、隊長ぉ……早いっす……」
「チンタラしてると日が暮れるぞー」
後ろから聞こえてくる情けない声を無視して、俺は山を登っていく。
振り向くと、もうブレントとセドリックの姿は小さくなっていた。
過酷な環境での修行に慣れている俺からすれば、この程度の山は険しいには入らない。
だが、ブレントたちは違う。
放置して事故を起こされてもたまらないため、俺は岩に座って二人を待つ。
その時。
『何者だ』
俺の脳内に声が響く。
低く、自然と畏怖してしまうような声だ。
「わかっているんだろ? 騎士皇国の聖騎士さ」
『何しに来た? 我の眠りを妨げるな』
「あんたの眠りを妨げに来たわけじゃない。寝てたいなら寝ててくれ。俺たちが用のあるのは、あんたのお膝元に潜んでいる奴さ」
声が止んだ。
どうやらビンゴらしい。
「隊長ぉ……ちょっと休憩しましょうよぉ」
「二人とも今すぐ下山しろ。戦闘になったら庇う余裕はない」
「はいぃぃぃ!!??」
「戦闘って……」
「ご丁寧に竜王様が話しかけてくれたよ。俺の言葉を否定しないで、引き下がるあたり図星だったんだろう」
いないならいないというだろう。
眠りを妨げられたくないなら、怒ってしまえばいい。
だが、何も言わなかった。
竜王として、それなりのプライドを持っているはずなのに、無礼な態度にも何も言わなかった。
明らかに不自然だ。
「隊長……相手は竜王と協力関係ということですか……?」
「少なくとも身を隠すことは許してもらっているんだろうな」
「では竜王と戦闘になる可能性が……ここは応援を呼びましょう!」
「呼んでどうする? 多少、聖騎士が集まったってたかが知れている。円卓の聖騎士が来るなら別だが、そんなにすぐ来れるわけでもないだろ? ここは俺に任せろ」
「ですが……」
「相手が相手だからな。心配するのはわかる。危なきゃ撤退するから早く下山しろ。巻き込まれても知らないぞ」
そう言って俺は一気に山を駆けあがっていく。
ブレントたちに合わせる必要もなくなったし、相手を待たせるのも悪いからな。
そして、たどり着いたのは巨大な洞穴だった。
明らかに雰囲気が違う。
ヒリヒリと肌が焼かれるような空気だ。
そんな洞窟から一人の人間が出てきた。
ピエロのような仮面を被った男だ。
だらしなく出たお腹を何度もたたきながら、その男は告げた。
「いやー、参った参った。まさか見つかるとは思わんかった」
「お前が大陸六魔工の一人、クラウンか?」
「まぁ世間一般ではそう言われてる。あだ名的な感じだな」
わっはっはと愉快そうにクラウンは笑う。
やっぱりネジが何本か外れているんだろうな。
なにせ、その後ろからはドシドシと二足歩行の黒竜が現れていたからだ。
だが、ネジが外れていると言うのはその状況で笑っているからじゃない。
そのアイディアが、だ。
「ずーっと考えていたんだ。円卓の聖騎士に勝てる鎧をどうやったら作れるかなぁって。そして思いついたんだ。竜王に鎧着せちゃえって」
どうかしている。
洞窟から現れたのは三十メートル級の黒い竜王。
闇竜王ダークネスだ。
その体にはクラウン製と思われる鎧が作られていた。
こんなデカい鎧、作るだけでどれほど金がかかるやら。
『翼を斬られてからというもの、円卓の聖騎士に雪辱を果たす機会をうかがっておった』
さきほど頭に話しかけてきたのはやはりダークネスらしい。
その背中には本来あるはずの片翼がない。
竜王種といえど、再生できなかったんだろう。深手すぎて。
『だが、翼を失い、我の力は衰えた。そこでこの鎧で力を補うことにしたのだ』
「発想が極端なことで……」
「素晴らしい出来だ! この鎧ならば円卓の聖騎士にも勝てるはずだ! 至強対至強が見れるぞ! 君も見るか? 若い聖騎士!」
「いや、俺は見る側じゃない。見せる側だ」
そう言って俺は腰の剣を抜き放った。
それを見てクラウンは笑う。
「何事にも試運転は必要だからな。どうかな? ダークネス殿」
『面白い。多少はやるようだ。円卓の聖騎士の前座にはちょうどよいだろう!』
そう言ってダークネスは天に向かって吠えたのだった。