第十話 処分
数日後。
聖天城。
そこでクリフ・ライオネルはエステルの前に跪いていた。
「我が親族のしでかしたこと、まことに申し訳ありません。姫殿下」
親族が酒場に対して援助していた。
そういう形をクリフは取った。
それでも自ら謝罪して、頭を下げた。それで許してほしいということだ。
「なるほど……仕方ありませんわね。ただ、家の者を統制できなかった責任はありますわ。少し国境で頭を冷やしてきてはいかがでしょう? クリフ卿」
エステルの提案にクリフは下を見たまま応じた。
エステルには見えない顔は、ひどく歪んだものだった。
クリフにとって国境での任務など屈辱でしかなかったからだ。
ライオネル家は防御に優れた一族。
常に王のそばにあった。
それが国境に飛ばされるなど、醜聞以外の何物でもなかった。
だが、それを受け入れる以外に手もなかった。
静かに下がっていくクリフを見て、エステルはため息を吐いた。
「困ったものですわね」
「クリフ卿は性格に難があります。実力はありますが、あまりにも傲慢です。今回の一件もその傲慢さが原因かと。強めの処罰を下してもよいのでは?」
「わたくしはまだお父様の代役ですわ。正式に王位についたわけではない。そんなわたくしが円卓の聖騎士を強く処罰すれば、混乱は必至。この程度で許さざるをえませんわ」
「悩ましいですな」
傍に控えるラグネルの言葉にエステルは再度ため息を吐いた。
エステルとて、クリフの傲慢さを知らないわけではない。
だが、円卓の聖騎士という国の重責を担う立場を解任するほどの悪事を働いているわけでもない。
元来、円卓の聖騎士は実力主義であり、人格に難のある者も取り入れてきた。
性格だけで解任するわけにはいかない。
「幸いというべきか、騎士レイベールが迅速に対応してくれました。彼に独立行動の権限を与えたのは正解でしたね」
「はい! さすがはラグネル卿ですわ。見る目がありますわね」
エステルの答えにラグネルは内心、ため息を吐いた。
また、だ。
どうも騎士レイベールの話題になると、エステルの声は明るくなる。
理由はわからない。
ただ気に入っていることは確かだろうと、ラグネルは判断していた。
「彼は間違いなく優秀ですが、評判は良くありません。特に今回の一件で貴族たちの反感も買ったでしょう。贔屓をなさればいらぬ反感を買います」
「わたくしがいつ贔屓を?」
「姫殿下の幼い頃から傍におります。何か考えていることくらいはわかります」
「まぁ、さすがはラグネル卿ですわね。ですが、贔屓をしようとしているわけではありませんわよ? ただ、遅々として進まない任務を任せてもよいのでは、と思っただけですわ」
ラグネルはエステルの提案にしばし考え込む。
大陸六魔工の一人、クラウンの捜索は遅々として進んでいない。
クラウンは諸外国でも問題になっている人物だが、捕まったことは一度もない。
そんなクラウンの捜索を聖騎士団はかなりの力を注いで行っているが、まったく手がかりすら掴めていない。
相手は魔工師。
時間をかければ、それだけ準備の時間を与えることになる。
「奴の狙いがはっきりとはわかっていません。ログレス騎士皇国に来たということは、おそらく円卓の聖騎士への力試しが目的かと」
「円卓の聖騎士を倒せるだけの鎧を作ったと? 非現実的に聞こえますわね」
「可能性の話です。しかし、もしもそれが実現していたならば、大陸のパワーバランスが変化してしまいます」
「こぞって各国は鎧を導入し、我が国へ攻め込んでくる。大陸中を巻き込んだ戦争になりますわ」
「その通りです。そうなる前に円卓の聖騎士たちを複数動員するのが最善かと」
ラグネルの提案にエステルは頷く。
それは最善策かもしれない。
だが。
「万が一、円卓の聖騎士が負ければクラウンの鎧への信頼が生まれてしまいますわ。それに各国との関係が微妙な今、円卓の聖騎士を過剰に動かすわけにはいきませんわ」
「円卓の聖騎士が負ける可能性がある相手に、騎士レイベールを当てると? 勝てるとお思いですか? 彼は魔法が使えない騎士です。強いと言っても大隊長クラスかと」
「ラグネル卿が絶対に反対だというなら無理は言いません。ただ、わたくしの危惧が現実になれば最悪の未来が待っています。とりあえず円卓の聖騎士を動かす前に、騎士レイベールに任務を任せるのも一つの手だと思いますわ」
「……いいでしょう。姫殿下の人を見る目は確かだと知っております。彼に何かあるのでしょうな」
そう言ってラグネルはエステルの提案を飲んだ。
エステルはそのことに笑顔を浮かべた。心からの笑顔だ。
その笑顔を見て、ラグネルは何か言おうとして、口をつぐんだ。
余計なことを言って、エステルの機嫌を損ねたくはなかったからだ。
エステルはそんなラグネルの気遣いに気付きつつも、ただ城の外を見続けた。
十年前。
円卓の聖騎士を蹴散らすと言った少年がいた。
夢物語のはずだった。
あの時はただ、良い眼をした少年だったから。
しかし、今、その少年が聖騎士となって現れた。
確信のような何かがエステルの胸の中にはあった。
円卓の聖騎士に勝てる算段もないのに、やってくることはないだろうと。
少なくとも、勝てると踏むだけの自信がついたから現れた。
その自信に期待してもいいのではないか。
そうエステルは思っていたのだ。
「では、ロートレック小隊に大陸六魔工の一人、クラウンの捜索を命じます」
「お願いしますわ」
ラグネルは一礼して去っていく。
一人になったエステルはポケットから一枚のハンカチを取り出した。
それを懐かしそうに眺めながら、エステルは無邪気な笑みを浮かべたのだった。