第九話 二人目の部下
数日後。
俺の下にミラが来ていた。
「どうだ? 城の様子は」
「少し警戒度が上がっています。先日の孤児院襲撃が原因かと」
「彼らはどうなった?」
「城の中で厳重に軟禁されています。どうやら姫殿下は鎧の情報を話せば不問にする方針のようです」
「ほう? さすがエステルだ」
「姫殿下が自分好みの決断を下したからといって、にやけるのはやめてください。気持ち悪いですよ」
「……」
容赦ない毒舌に俺は閉口する。
まぁ、世が世なら俺の行動はストーカーに近いからな。
気持ち悪いと言われるのは仕方ないかもしれない。
自分の気持ち悪さを受け入れ、俺は何度か頷いたあとに話を進める。
「鎧については何かわかったのか?」
「意外に獣虎族の口が堅いようですが、何人かは口を開き始めたそうで、浮かび上がってきた製作者が一人いました」
「まぁ、あれだけの鎧だ。作れる奴なんて限られているしな」
聖騎士は弱くない。
通常の亜人ではまず勝てない。
それなのに鎧だけで力の差がひっくり返った。
それだけ鎧が優れていたということだ。
「浮かび上がった製作者は大陸六魔工の一人、クラウンです」
「大陸各地に自分の作品をばらまく愉快犯か……らしいといえばらしいな」
大陸六魔工というのは、魔法関連の道具を作る魔工師の中でも最高峰の六人のことだ。
獣虎族が使っていた鎧も当然ながら、魔導具に含まれる。
大陸六魔工の作品と言われれば、納得できる出来だ。というか、大陸六魔工の作品にしては物足りないとすら言える。
そんな大陸六魔工の中でも問題児とされるのが、クラウンと呼ばれる魔工師だ。
自分の作品の出来にしか興味がなく、それに伴う被害には一切関知しない。
あちこちの国に自分の作品を売り込み、その出来を眺めるのが趣味だと聞いているが。
「城ではどうやって対処するかで協議が重ねられているそうですが、このまま行けば円卓の聖騎士が出陣することになるかと」
「順当だな。だが、困った」
「自分に手柄が回ってこないからですか?」
「その通り。あんまり騒動が起きることを望みたくはないが、さっさと出世するには騒動が起きてくれないと困る。悩ましいな」
「一年の時間制限がありますからね」
ミラの言葉に俺はただ頷くのみだった。
悲しいかな。ミラは協力者であると同時に監視役でもある。
一年経てば問答無用で俺を連れ戻すだろう。
抵抗は楽だろうが、その時にはガリオール王国から正式に要請が入るだろう。
そうなればエステルも俺を聖騎士にはしておけないだろう。一気に外交問題だ。
だからこそ手柄が欲しい。
大陸六魔工なんて、捕まえたら大手柄だ。間違いなく勲章モノ。円卓の聖騎士への挑戦権を手に入れられる。
だが、大物すぎて俺程度に回ってくる獲物じゃない。
「よっぽどクラウンが優秀で、騎士皇国の先手を取り続けでもしないかぎり俺に回ってくることはないだろうな」
「不謹慎ですね」
「ああ、不謹慎だ。できれば何も起こらないでほしいよ。民に被害が出ればエステルは悲しむだろうしな」
エステルの隣に立てるように頑張っているのに、エステルが大切に思う民に被害が出ては元も子もない。
しかし、現実的に手柄は必要だ。
だから。
「やっぱり民にも被害を出さずに、クラウンを捕らえるというのがベストだなぁ」
「そんな都合の良い展開が起きると思いますか?」
「いいや。だが、それに近いことは起きるかもしれない。わざわざログレス騎士皇国にちょっかいをかけたということは、クラウンにはそれなりの目的があるだろうしな。準備もしてきているだろう。正攻法で捕まえられないとなれば、俺みたいな奴に任務を任せるのはありえる」
魔工師というのは稀な職業だ。
魔導具を作るというのは生半可なことじゃない。
あの鎧だって簡単に作ったわけではないはずだ。
それを使い捨てのように使っている。
もっと大きな目的があるんだろう。
「なるほど。では、その時に期待しつつ、引き続きクリフ卿の情報を集めます」
「頼む」
■■■
聖騎士団所属独立小隊・ロートレック小隊。
最短記録で小隊長に昇進した俺を小隊長として、総勢四人の小隊だ。
独立とついているように、ある程度、小隊長である俺の独断で動いていい小隊だ。俺のように扱いづらいが、成果は出すという駒は自由にやらせたほうがいいと上層部が判断したからだろう。
部下である三人はブレントを含めて、厄介者ばかり。
とりあえず俺も含めて、扱いづらい奴らを集めましたというのがこの小隊だ。
その一人、セドリック。
長い茶髪の青年で、十七歳で聖騎士になって、すでに三年。
今は二十歳だ。
本来なら出世していてもおかしくないのだが、こいつは干されている。
理由は融通が利かないから。
「なぁ? セドリック。今日は俺、休みなんだが」
「民からの情報に対応するのも聖騎士の務めです。とある酒場で違法な売春が行われているという情報がありました。なんでも、借金のカタに娘を奪って、酒場の地下で売春させているとか。無許可の売春は犯罪ですし、借金のカタとして人を奪うのも犯罪です」
やる気満々。
セドリックは早口で説明しながら歩いていく。
こんな奴だから部下にしたくないと、いろんな小隊をたらい回しにされていた。
「ここです!」
セドリックがたどり着いたのは昼間から盛況な酒場だ。
セドリックは躊躇わずに酒場に入っていく。
まったく……。
「聖騎士だ! 店の中を見せてもらおう!」
「いきなり何の用ですかね? 聖騎士様」
セドリックに対応したのは酒場の主だった。
鼻がひん曲がった小さいおっさん。
とにかく人相が悪い。悪いことしていますっていう顔をしている。
だが、人相で捕まえることはできない。
「匿名の情報が入った。ここで違法な売春が行われているとか」
「そりゃあウチに嫉妬したライバル店のいちゃもんですよ。至極全うに商売しています」
「調べればわかることだ」
「それじゃあ許可証を見せてくださいな。いくら聖騎士でも無許可で店の中を荒らす権利はないでしょう?」
セドリックは押し黙る。
許可証なんてあるわけがない。
情報を聞くと同時に来たんだから。
「どうかご協力いただきたい」
「無理なもんは無理です。さぁさぁ! 帰ってください!」
「隊長!」
「言ってること自体は正しいぞ。セドリック」
許可証を取っていたら間に合わない。
そう判断しての行動なんだろうが、ちょっとアイディアに欠けたな。
違法な行為をする奴が素直に協力するわけがない。
「セドリック? 聖騎士のセドリックって言ったら、同僚を三人も告発した裏切りのセドリックか? はっはっはっ! まさかお目にかかれるとは!」
セドリックは酒場の主の言葉に顔を歪めた。
セドリックがたらい回しにされていたのは、その融通の利かない性格から、犯罪に手を染めた同僚を告発したからだ。しかも三年で三人。一年で一人ペースで告発している。
告発が趣味なのではと言われているほどだ。
「それじゃあその隊長ってことはあんたが無法騎士かい? いいのかい? あんたも告発されるよ?」
「余計なお世話だな」
「そうかい。まぁいい、帰ってくれ。商売の邪魔だ。いいかい? この店にはライオネル家が多額の援助をしてくれているんだ。つまり、後ろにはライオネル家ってことさ。そんなウチが違法行為をしているわけないだろうが! 円卓の聖騎士の名に泥を塗るんじゃないよ!」
酒場の主はライオネル家の名を出して、居丈高に振る舞う。
セドリックはそれでもその場を動こうとしない。
「セドリック?」
「情報を持ってきたのは小さな少年でした……姉がここに連れていかれたと叫んでいた。必死に攫われた姉を追ってきたんです!」
「そうか。それは大変だな」
「ボロボロの少年が必死に訴えたんです! 嘘はついてない! そんな余裕は彼にはなかった!」
「まったく……隊長さん! 早く連れていってくださいよ!」
俺は頷き、酒場の主の肩に手を置く。
「悪かったな。帰るよ」
「ええ! そうしてください!」
「隊長!?」
俺はセドリックを掴んで、店の出口に連れていく。
そして。
「もう少し頭を使え」
「はい?」
「あれ? おかしいな? おや?」
俺は懐を何度も探る。
だが、そこにあったはずの物がない。
俺は勢いよく後ろを振り返った。
「俺の財布がないんだが……知っているか?」
「知るわけないでしょう!」
「いや、店に入るまではあったんだ」
「知らないって言ってるでしょ!」
そう言い張る酒場の主に笑顔で近づき、俺はその懐に手を入れる。
そこから俺の財布が出てきた。
「じゃあ、これは誰の財布だ?」
「はぁっ!? いや、知らない! 知らないぞ!?」
「自分の物じゃないと認めるな?」
「いや、それは……」
「現行犯だ。セドリック、捕らえておけ」
「は、はい!」
俺はセドリックに酒場の主を拘束させたあと、店内を見渡す。
何事かと席を立とうとした客や、慌てる店員。
そいつら全員に聞こえるように俺はゆっくりと告げた。
「動くな。動けば斬る」
俺の声に本気を感じたからだろう。
客たちは震えて、自分の席に戻った。
何か動こうとしていた店員たちも動きを止めた。
俺はそのまま店の奥へ入っていき、踏んだ感触の違う床を思いっきり踏み抜く。
すると、そこには地下に繋がる階段があった。
「おやおや? 店主、これはどこに繋がる階段だ?」
「それは……」
「まぁいい。セドリック、応援を呼んで来い。この場は俺が見張る。それと情報を持ってきた少年も、な」
「はいっ!」
セドリックはすぐに店の外へ出ていく。
直に大勢の聖騎士が駆け付けるだろう。
「このっ! 俺を嵌めやがったな!」
「そうだが? 何か問題でもあるか?」
「聖騎士として恥ずかしくないのか!?」
「まったく恥ずかしくないな。逆に聞くが、人として恥ずかしくないのか? 何の罪もない娘を攫い、好色な者たちの相手をさせる。そうでありながら、よくセドリックを笑えたな?」
「くそっ……お前も告発されちまえ! 罪を着せるのも罪だ!」
「犯罪者を逮捕するための手段だ。それを告発するなら、甘んじて受けよう。別に告発なんか怖くはない。ルール違反くらいいくらでもしてきたからな。すべては地下で捕まる娘たちのためだ」
「なにが娘たちのためだ! 確証もなく!」
「確証はあった。あまり聖騎士を舐めるなよ? 地下に捕まる十三人の気配に気づかないとでも思ったか?」
正確な人数を当てると、酒場の主の顔が強張った。
そうこうしているうちに、セドリックが応援部隊と共に戻ってきた。
「隊長! 連れてきました!」
「地下にいる娘たちをすぐに保護しろ! この場にいる者はすべて逮捕だ! 取り調べで無関係が証明されたなら釈放する。とにかくここは違法な店であり、そこにいたという事実は変えられない」
指示を出したあと、俺は店の客や店員にそう説明する。
まぁほぼ全員が黒だろう。
昼間から酒場にいるわりには、身なりが整っている者が多い。
馬鹿な奴らだ。
「こんなことして……ライオネル家が黙っていると思っているのか!?」
「驚いたな。まだライオネル家の名前を出すとは。自分で言ったんだぞ? 円卓の聖騎士の名に泥を塗る気か、と。俺が気付けたんだ。円卓の聖騎士様が気付かないはずがない。つまり、クリフ・ライオネルはこの場に来たことはない。援助はしたが、お前が勝手にやったこと。そう言う風になるだろうな」
「そんな……」
「それが嫌なら洗いざらい喋ることだ。義理を立てたって守ってはくれないぞ」
脅しを加えて、俺は踵を返す。
まだまだやることがあるからだ。
だが、ふと思い出して俺は酒場の主を振り返った。
「そういえばお前はセドリックを裏切り者呼ばわりしたが、それは違う。裏切ったのはセドリックの同僚たちだ。彼らは私利私欲で法を犯した。だからセドリックに正された。悪いのは法を犯した同僚たちのほうだ」
俺はそれだけ言うと、完全に酒場の主に背を向けた。
もう言うことはない。
「今回もルールを破ってしまったが……告発するか?」
「いえ……今回の行動は隊長に与えられた独立行動の権限の範囲内かと」
「なかなか柔軟じゃないか」
笑いながら俺はセドリックを連れて歩く。
一応、城に報告しないといけないからな。
なんだかんだ大事だ。
なにせ。
「これはこれは、クリフ卿。大変ですね」
「貴様ぁ……」
すぐに聞きつけて駆け付けたんだろう。
クリフ・ライオネルがそこにはいた。
おそらくここは大事な資金源。
失うのは惜しかったはず。
だが、自分が来る前に解決してしまった。
「俺の家が関わっている酒場と知っていたか?」
「店主はそう言っていましたね」
「ならば我々に任せるのが筋ではないか? 自分の家の不始末は自分がつける」
「なるほど。次からは気をつけましょう」
「……これがお前の言う敗北か?」
クリフに慇懃無礼な態度で一礼して、俺は一瞬でクリフの後ろに回り込んだ。
そして告げる。
「いや、こんなのは大したことはない」
「っっ!?」
「そのうち立ち直れないほどの敗北を味わわせてやる」
「不意打ちで背後を取った程度で粋がるな……!」
そう言ってクリフは帰っていく。
もはやここには用がないからだろう。
しかし、意外に冷静だったな。
頭に血が上って、向こうから決闘でも申し込んでくれたら楽だったのに。
「やっぱり勲章が必要だな」
勲章をもらい、それを返還して円卓への挑戦権とする。
円卓へ挑戦するには、それしかない。
そう思いつつ、俺はこの騒動の後始末を始めたのだった。