消えた御守(6)
急斜面の九十九折を登り、再び合間見える廃駅。
その貫禄は現役時代を見たので、さらに増したように感じた。
「信号の方には近づくな」
「えぇ、あの冊子の駅舎に祠があったわ」
危険な場所には近寄らない。
だがキーポイントとなりそうな場所は崩落しており、祠を探すのは骨が折れそうだった。
一つ一つ、持ち上げられる廃材をどかして行く。
木々に遮られているとは言え、湿度が高く汗は肌にまとわり付き、不快な環境での作業は難航した。
もう辞めたい。
そう考えるほど時間が経過していたが、一本の巨木を2人で動かすと、全ての廃材が音を立てて流れ落ちた。
ガラガラガラ…
黙々と土煙を上げる中で総司の声がよく響いた。
「おいこれか?」
「たぶん…」
透明なアクリル板が壊れており、それに押しつぶされるように祠と思われる残骸が見つかった。
ガサガサッ…パキッ
それを片付けようとした時、背後から草むらを掻き分ける音がした。
警戒して2人とも音のした方を振り向くと、そこには見慣れた少女が現れた。
「サチ…?」
「水希…?」
「さちぃ!!」
サチは無事だった!
こんなに嬉しいことはない!だってあの電話じゃもうダメかと思った。
わたしはサチに駆け寄り抱きつこうとしたが、表情が優れないことに気がつく。
「あなた誰?」
えっ?
そう言ってサチが指を刺すのは総司。
だが総司は図書室で助けてくれてからずっと一緒だ。ここまで長い時間を費やして一緒に逃げた仲間である。
「サチは俺のことが嫌いなのかな?そう言う冗談は苦手だな」
いつも軽口を叩く総司も、流石にこのタイミングでの一言にカチンと来たのだろう。
無理もない。
「冗談じゃないわ。だって貴方…」
その一言に全身の毛が逆立つのを感じる。
「橋の上にいたじゃないの」
(オマエ ハ ダレダ)
「水希、そいつから離れろ」
(ソウジ?サチ?)
「いいえ水希、こっちに来るのよ」
思考が働かない。
あの三毛猫を撫でていたソウジが化け物?
でもサチが嘘をつく理由はない。
(ダレガ ホンモノ?)
でも図書室に来たタイミングは確かに絶妙過ぎた。
本当に助けたの?
まだ化け物は私で遊ぶつもりだった?
そう考えると、サチが正しく思えてくる。
「また団扇であおいであげるよ」
(これはサチがよくしてくれる事だわ)
私は総司に振り向くと、ベーっと舌を出してサチの方へと走り出した。
早くニセ総司から離れたい。
そんな気持ちで走ると、背後で物凄い足音が響いてきた!
やばやば!
何よこれぇぇ!怖いよおおおお!!
涙が溢れそうになるのを我慢して、サチの方に猛ダッシュすると視界が回転した。
(なに?何が起きたの?!)
遅れて背中に激痛が走ると、総司が胸ぐらを押さえ込んできた。
「ガハッ!」
「許せハニー!」
それだけ言うと、抱き寄せて一気に駅舎の方まで戻る。
「だめ…ホームは……」
魂の記憶か、本能が警鐘を鳴らす。
あのホームには何かがあると。
「あはははははは!!あは!あははは!」
サチは突然笑い出したかと思ったら、全身がブラックホールのように漆黒に染まる。
無数の眼。
だが一瞬だけ見えて、それは黒い水となって地面に吸い込まれる。
「サチ…どうなって…」
まだ上手く呼吸ができない。
「待ってろ!この祠の中に何かがあるだろう!」
だがいくら探せど何もない。
偽物のサチは消えたが、諦めるタイミングでも無かった。
『べっべー……ベッ』
「なに?何かホームの方から聞こえた!」
「何もねぇぞ!やべぇ!!」
先程の黒い塊がホーム上に上がろうとしているのが見えた。
完全に間違えた。
攻略の鍵と思った場所を攻めたけど、そこには何も無かった。
『かくれんぼ』とは鬼に見つかったらアウト。
逆に言えば、鬼を見つけられなければ勝てない。
敵も分からなければ、見つかりもした。
「ははっ…ほんと無理ゲーだわぁ」
「くっそ!水希、お前だけでも逃げろ」
はっ?
何言ってるの?
「…あんたが居ないと、人生つまらないじゃない!」
「行け!お前を護ることが俺の人生だ!」
カシャカシャカシャ…
その時突然、山の中では有り得ない無機質な機械音が連射された。
それはよく聞くカメラのシャッター音。
「何!?今度は何!」
携帯を見ると、ホーム上に這い上がる黒モヤが映し出されていた。
だがそんな物は肉眼で見れば分かる!
カシャカシャ…
追加で勝手に撮影されていく。
それはコマ送りのように忍び寄る化け物。
「ん?これは!」
わたしは総司の近くにあるアクリル板から離れた位置に、仏像の首を見つけた。
有無を言わさずそれを手に掴むと、念仏を唱え始める。
「南無阿弥陀…」
「どうした!逃げろ!」
「あんたも唱えなさい!」
急に反撃されて、総司も同じように唱え始めた。
カシャカシャカシャカシャ…
目を瞑り、必死に2人で念仏を唱える。
そして、シャッター音が止まった。
「「南無阿弥陀…」」
やった…勝った……お爺ちゃんありがとう…
安堵して目を開けた瞬間…
ギョロリとした巨大な瞳。
大きな口。
「あへっ?」
終わった。
私達の短い人生。
「ニャー」
あの三毛猫も最後に見取りにきてくれた。
三途の河の案内人だろうか。
だがしかし、一向にその時は訪れない。
『最後の贄は誰かい?』
『のんのさんのんのさん』
三毛猫は化け物を押し返すように、ジリジリと歩を進める。
化け物も猫を嫌い、小さくなっていく。
「べっ…ベッ……」
「何が起きてるの?」
「わかんねぇ、でも猫がんばれ!」
自然と猫を応援して手に力が入る。
パキッ!パキッ!
二つの割れる音が総司の、そして私の御守から音がして周囲に木霊する。
心暖かい光が場を支配し、悪寒の類は一切していなかった。
総司を見て頷くと、彼もまた頷き返してきた。
私達は実によく似ている。
やる事、考える事。
だから気が合うのだろう。
総司と手を取り、2人して化け物に駆け出す。
「喰らえこのやろう!」
「しゃらくせー!」
勢い付けてそのままホーム上から蹴り飛ばした。
勢いのまま吹き飛んだ化け物は、大岩にぶつかり動かなくなった。
『おめぇら、つめたいかい?』
2人は顔を見合わせるが、すぐに聞かれた意味を理解した。
それはこの地域でかつて使われていた方言で、今ではあまり聞かないが年配者はたまに使っている人がいる。
そして三毛猫に笑顔を向けてこう答えた。
「「まぁずあったかいんべ」」
それからの記憶はない。
と言うか目を開けたら自宅のベットだったの。
サチが三毛猫を見つけてついて行ったら、廃駅に連れて行かれて私達を見つけたみたい。
サチはどうしていたかって?
笑うわよ…電話なんてしてなくて、普通に寝てたって言うの。
もうね、聞いた時は信じられなかったわ。
でもお爺ちゃんも早朝畑に行ってないって言うの。
わたしは体も良くなって畦道を歩いている時、あの三毛猫に出会ったわ。
「ニャー」
首を撫でてあげると、すぐにグルグル言うのは変わらない。
しばらく遊んであげるとね、こう言ってきたの。
『古い友人のんのさん』
『オレと山神を見つけたおめぇらの勝ちだんべ』
言ってる意味はよく分からなかったけど、猫と会話をしたのはこれが最後だったわ。
勝ちって言うのは、『鬼を見つけて倒した逃げ側の勝ち』って事だったのかな?
まぁ、私には分かんないけどね!
しかもね、あの廃駅で握りしめていた御守。
起きた時に消えていたの。
最後砕けたような音が総司からもしたけど、何が入ってたのかな?
本当に不思議な体験をしたけど、忘れ去られる村の歴史の一部を調べて発表した私達は、県から表彰されたわ。
どんなもんよ!
数ある小説の中から『消えた御守』を手に取り、ここまで貴重なお時間をありがとうございます。
背筋に寒気が走る事がありましたのならば、私としては嬉しい限りです。
水希達のような馬鹿騒ぎは本当に羨ましく思い、描いていても楽しかったです。
さて、昨年のホラーテーマで公開しました小説『キトリ』。
こちらを読んで頂くと、本作をもう一度読み返してみたくなるかもしれません。
もう少しこの世界を見たい。
少し気になる。
そんな方には、特におすすめです。