消えた御守(5)
とにかく家を出て祖父の畑に向かっていた。
昨日先祖が神隠しにあったと言っていたので、何か知っているかもしれない。
「はぁはぁ…きっつ」
髪は適当に結び、軽く整えることはしたがシャワーは浴びていない。
日が昇り始めてやや日差しが強くなる中での全力疾走である。
「おじいちゃーん!」
「アーッ?水希か?」
良かった畑にいてくれた。
祖父は手を止めて私を待ち受けてくれた。恐らく昨日の事もあって察してくれたのだろう。
「友達が…神隠しに…」
!?
「なんと?昨日はうちに…いや、すぐに家に帰るんだ」
祖父は驚き焦ったように告げた。
だが家にいることは電話で告げてしまった。これでは見つけてくださいと言っている様なものだ。
「分かった。オレも家で少し調べるから水希は逃げるんだ」
「でもどこに!…っは、学校…図書室に行くわ!」
言うが早いか学校に向かって駆け出した。
とにかく逃げるだけでは、この『かくれんぼ』は確実に負ける。
小川の橋を渡り公園を抜け、学校の図書室へと駆け込んだ。
ガラガラガラー…バンッ!
勢いよく扉を開けて3人で調べた書棚へと走る。
先祖が何かしたのなら、ヒントが記録されているかもしれない。
カタン!
「何よもう!ビックリするじゃないの」
分厚い歴史書を引っ張り出した時、挟まっていた薄い冊子が床に落ちてしまった。
それは所々にシミがあり、ずいぶん古いもののように感じた。
冊子のタイトルは『駅と村長』。
駅という単語が気になって、その冊子を手に取ると巻頭は男子高校生が駅舎を背景に写っていた。
その駅は綺麗だが間違いなく、あの廃駅だ。
だが、どう見てもその青年が若すぎて村長とは思えなかった。
「んー関係ないか…ん?」
ギギッ…ギッ……
(だれ?…しまった!扉が全開だわ!)
足音がする。
朝の5時、夏休みの中学校にいる奴なんていない。
ギッギッ…
木の廊下を歩き軋む音が徐々に近づいてくる。
本棚に身を隠して隙間から廊下の方を見る。
たしかに廊下を歩く足が見えるが、上半分は隠れて見えない。
ギッギッ…ギィィィ…
(えっ?なんでこんな…後ろから?)
突然背筋に悪寒が走る。
肩を叩かれ、振り向くことができない。
『べぇ…』
ダンダンダン!
「うぉおぁぁぁ!!」
ガシャァァァァン!!
廊下の足が突然走り始めたと思ったら、本棚を蹴り飛ばして私の方に押し倒した。
「いやああぁぁぁ!!」
「掴まれ!水希!!」
聴き慣れた声に顔をあげ、振り向かずに手を取り走り出した。
廊下を駆け抜け、校庭に出るとそのまま金髪頭に続いて公園まで走り抜けた。
バカ友達が、生きて目の前にいる。
それだけでも嬉しいのに…そいつが助けてくれた…
涙が自然と溢れて視界を不確かにしていく。
「ばか…心配したんだぞ……なんで、なんで!!」
「ハッハー!水希はオレのハニーだからな!」
(ウォーターだっつうの!)
いつもの調子なのに、総司がカッコよく見えて仕方が無かった。
「うぅ…ほんとに良かったぁ…総司怖かったよぉ…」
総司は私を抱き寄せて囁いた。
「わり、遅くなったわ」
「ありがと…ねぇサチは?」
「分からねぇ。ただお前に電話した後から悪寒が止まらなかった」
そして総司は母から貰っていた御守を握りしめると、何故か悪寒が無くなるのを感じた。
迷信ぽいが信じる事にして、握って寝てしまったようだ。
そして朝一学校の図書室で再調査しようと思ったら、私が居たという訳だった。
だけど、本棚に隠れた私の後ろにモヤっとした物が見えて悪寒が走ったので、ぶっ倒して手を引っ張ったようだ。
「破天荒ね。それじゃ今朝の非常識な電話は?」
「起きてすぐだから、電話なんてしてねぇ」
(まじかぁ…なんなのアレ)
命を吸い取られると言うか、あの状態になったらもう動けなかった。
総司が来なかったら、バッドエンドだったのだろうか。
そう思うと背筋がゾクッとした。
「にゃー」
猫の声にバッと振り向き、警戒する。
以前橋の上で酷い目にあった。と言うか、アレが一番最初の異常だった。
そしてその時の三毛猫である。
「こいつ…は流石に関係ない?」
「さぁ?だけど猫だからな」
そう言って総司は三毛猫の喉元をチョチョイと撫でると、グルグル喉を鳴らして喜び出した。
(ちょっと考えすぎかな。わたしも〜)
チョイ…グルグル…
「か…」
「か?」
「かわいいー!」
こんな生物を疑っていた私が馬鹿だった!
自由気ままに動いて遊んでもらい、コロコロする。
超カワイイ!
「水希は何か分かったか?」
「あぁーね。神隠しみたいよ、捕まるとアウト」
祖父から聞いた話を総司にすると、顎に手を当てて何やら考え始めた。
「水希はさ、自分の先祖が名誉村長なの知ってんの?」
「はっ?」
「やっぱりな…」
そう言えば歴史書に『名誉村長』とかあったわ。
なんでも若い時に村人の信頼を得る事件があって、後年ダム建設に反対して村を守ったそうだ。
ダム工事に伴い鉄道を高台に移設する話があり、断固として阻止すべしのスローガンを掲げて村一丸となって計画中止に追い込んだそうだ。
その功績から、後年は名誉村長として語られたそうだが…
「お爺さんの話と合わせると…ご先祖様も神隠しに巻き込まれているよね?」
ハッとした。
だけど先祖は子を残して私まで続いている。
と言うことはこの『究極のかくれんぼ』に打ち勝ったと言うことだ。
「冊子…廃駅!あそこに何か秘策があるわ!」
「なんで?」
先程図書室で冊子を見た時の青年。
駅を背景に撮られていたが、あれが若い時に村人の信頼を得た事件当時の物ならば…
「よし行こう。追ってきているならば、逃げててもいつか捕まる」
「そうね、頼むわよ総司!」
三毛猫はまだ遊んで欲しそうだったが、善は急げと言うことで手を振って廃駅へと走り出した。
日は高くなり始め、農道を軽トラックが走り抜けるようになる。
人の気配に安心感を覚えるが、その側で人の立ち入らない道を前に嫌悪感を覚える。
「行こう」
「前に行くよ」
総司は踏み跡を付けるように慎重に歩を進める。だいぶ私を労った歩き方をしているのがよく分かった。




