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2章 〔ローグにて…〕

 

 パカッ…パカッ…。


 深夜というより早朝に近い時刻。緩やかな波の音と馬特有の蹄の音が周りに鳴り響く。湖には薄い霧がかかり、湖岸に広がる森の深緑とのコントラストが幻想的な空間へと誘っている。

 

 パカッ…パカッ…


 死者のダストニアよりほぼ南に280キロ。まる1日を馬で駆け、この地にたどり着く少年。目的地もこの湖のほとりに存在する。

 

 森からの清流と湖が重なる場所で手綱を引く。馬を止め、ゆっくりとその場に降りた。それはひと時の休憩を意味していた。

 

 1日でたどり着く距離とはいえ、これまでまともに休憩などとられていなかった。その証拠に少年が乗る馬が大きな音をたてながら、湖水を飲み干している。

 

 フゥ…と少年も一息入れると片膝をついて湖水を手ですくい取り、そのまま口へと運んだ。冷えた湖水は、疲れた体を潤してゆく。


 不意に少年はバランスを崩した。見れば地を蹄でかく仕草をしている馬。まるで早く行こうよと急かす子供のようだった。元気なヤツ……と呆れながらも顔は軽く微笑んでいた。他の目からは、親しい友とじゃれあうように見える。ヨッと立ち上がり、自分をこれから向かう方向を見据える。そう…2つ顔を持つと言われる水上都市ローグへ……。

 

 

 §

 

 

 「すみません…こいつを頼んます」

 

 「あいよ。まったく…しばらく見ない内に大きくなって…。たまには顔くらい見せなさい」 

 

 

 やたら体の大きい中年女性が腰に手を当て、溜め息をつきながら言う。今まで旅の疲れを労うように馬を撫でている少年に対してだ。中年女性に背を向けたまま、曖昧な答えしか返さない少年。そんな姿を見て、変わらないわね…と微かに首を振り、またも溜め息が出てしまう。そんな思いもよそに、表情を読まれるのを嫌うかの如く、深々とフードを被り直した少年は、無言で一礼するとローグの街へと消えていった。

 

 湖岸にひっそりと佇むローグ。街というには、あまりにも規模が小さい。湖の大きさが更に際ただせているのかもしれないが、むしろ村に近いくらいだ。簡易的な木造民家の他は、主に日常で使う金具の修理や制作を行う鍛冶屋、軽い食事もとる事が可能な宿屋、唯一の娯楽と言えばお世辞でも褒められない質素な酒場があるくらいだろう。日が登ったとはいえ、まだ朝だ。ただでさえ、小規模な集落なのに人の気配など皆無に等しい。……いや、元々あったのだろうか怪しい所だ。

 

 ローグの中でも、比較的大通りに位置する道を進む少年。全身を覆うマントを身につけ、フードを口元近くまで深く被り、その姿…異様でしかない。だが、気にかける者はない。元より、人っ子1人いないのだから、端から気にする必要なかった。 

 突然、俯き加減で歩いていた少年が顔を上げる。そして何かを確かめるようにキョロキョロと辺りを見回す。先程も言ったように人などいない。僅かな霧が有るものの他に変わった所などない。物音一つしない状況で何故少年は立ちどまったのか…。


 だが、直ぐに答えは出た。見渡すのをやめると迷うことなく、細い路地道へと入っていった。

 

 1人で歩くにはさほど問題ないが2人となると少々キツい路地道。昨夜は雨だったらしく、日陰が多い路地裏には水溜まりが転々としている。そんな事お構いなしと、少年は足早に進む。


 そして、最初からわかっていたようにある店で立ち止まった。

 

 たださえ、どこか哀愁漂う村にも関わらず、少年が前にする店は更に年季が入っていた。まるで手入れという言葉を知らないのか、端から見たら店とは到底思えない。少年が恐る恐るギィィとドアを開けただけで、案の定ドアの取っ手が外れてしまう。床も歩くたびに軋む音を鳴らす。良く見れば、ホコリの緩やかな丘が何ヶ所かできている。はっきり言えば悲惨な状況だ。

 

 

 「……何の用だ…」

 

 「剣を鍛え直してほしい」 

 

 

 低く野太い声…だが、決して不快を与えるようなものではなかった。椅子に座り、ただ静かに声を発した人物の問いに、他の者であれば臆するが少年は間を置くことなく答えた。

 

 

 「…知ってるか? 自分の仕事料は他より高いんだぜ。なんせ……」

 

 「仕事の値段は客が決めるもんだ。職人なら腕で語れ…だろ。高いってことはあんたの腕が一流って証拠だ。…そうだろ、キャス」

 

 

 あたかも聞き慣れている様子で、頭をポリポリと掻きながら少年はキャスという人物の言葉を遮った。自らの格言ともいえる言葉と親しい者にしか許していない名を言われては、先程まで無関心を貫いていたキャスも振り向かずにはいられなかった。

 

 すぐさま言葉を発しようとするが少年は許さない。キャス目掛け、小袋を放り投げた。

 

 

 「前払い…。それと友人との再会ってことで」

 

 

 パシッと受け取った袋はズシリと重い。中身は、人を魅了する程に煌めく砂金。それもかなりの純度だ。おいおい…と、開いた口が塞がらないといった表情で再び視線を戻した。


 少年が口元近くまで隠したフードを外すとキャスは安堵の表情を浮かべ、気が抜けたのか後方の椅子へドサッと音を立てて座った。 

 

 

 「しっかし、いつ来ても汚ねぇな。少しは掃除くらいしたらどうだ? 幽霊屋敷に間違われるぞ」

 

 「余計なお世話だ」 

 

 

 久しぶりに言う言葉がこれかよ…と思うがその憎ったらしい言葉にも、キャスの気持ちは変わることはない。むしろ再会に喜んでいるようだ。

 

 ドラゴンニュート。

 またの名を竜人とも人々は言う。太古よりドラゴンの眷族として伝えられているが長命のため、定かではない。他の民族とは友好的ではないが敵対的するつもりないらしい。干渉されることを極端に嫌う面もあり、一言で言えばまだまだ謎多き一族だ。 

 

 身体の特徴として、翼は生えてはいないが竜人と言うだけに細身でありながら堅固な表皮で覆われているため、見るからに強靭さが伺える。人より太く長めの首と地につきそうな長い尾、なんといっても融解や成形、鍛錬を難なくこなせる高熱の吐息。体力において右に出る者がおらず、そのためかキャス以外の人はここでは見当たらない。

 店内はホコリや蜘蛛の巣がわんさかと、店として少々難はあるがローグ随一の鍛冶屋サラマンドラだ。

 

 

 §

 

 

 「……で、今さら帰ってきた理由は何なんだ? 故郷が恋しくなるって柄には見えねぇけどな」 

 

 川魚を丸呑みにすると、ガハハッと豪快に笑いだすキャス。2人は少し早い朝食を取るため、近場の店へと足を運ぶことになった。こんな所で飯が食えるかとキャスの店ではなく、少年たっての希望でこの店へ来たのだ。

 

 さっきのお返しとキャスの憎まれ口にも少年は聞き流し、静かに笑いだす。店内にお客がいないのだから、どんなに少年のように微笑しようとキャスのように大笑いしようとお構いなしだ。

 

 

 「ちょっと調べ物があってな…。だから、寄ったんだ」

 

 「んじゃ…、書庫へ行くのか!?」

 


 あぁ…と、返すがまたもやキャスは笑いだす。

 

 

 「おいおい。俺を笑い死にする気かよ」 

 

 

 座っている椅子から落ちそうな程だった。中々収まらないキャスを見て、やれやれ…と溜め息をつくしかない。収まるまでの間、少年は食事を再開した。

 

 

 笑いを堪えるのも苦しかったらしく、ドンドンと机を叩くので2人は別々の席に座っていたのだが、ようやく収まったキャスが此方へ移動してくる。収まったか…?とそっけなく聞くと、キャスは手で肯定を意味するため、片手を上げた。 

 

 「すまんな、久しぶりに笑わせもらったよ。しかし…、ローグ一の問題児がなぁ……」 

 

 「……なんだよ、じっと見て。気持ちわるぃからやめろよ」

 

 

 じっくりと品定めするように見てくるキャスに少々嫌気がさす。食事をしているのを見られるのもそうだが、ずっと見られているのも御免被りたいとチラリとキツい視線送りながら呈した。

 

 

 「なぁ……」 

 

 

 先程まで大笑いしていた時とは違い、真顔で切り出す。何かを感じとれたのか、食事をやめ、キャスと向き直す。一度大きく咳払いし、自らを落ち着かせるようにキャスは話し始めた。

 

 

 「お前もそろそろ16だ。どうだ? ローグに腰を据え置かないか? きっと皆が喜ぶと思うが……」

 

 

 真剣そのものだった。少年が驚いた顔からも読み取れるように、キャスらしくないのだ。体つきから想像もできない細々とした声で語りかけている。

 

 

 「書庫に行くんだろ? だったら、ダンもいるはずだ。あいつも色々と考えているが、恐らく俺と同じ考えだと思う…。 その…なんだ…やっぱり気まずいよな…? なんなら俺から…」

 

 「キャス…」

 

 「……すまん…」 

 

 

 静止の言葉にハッと気付き、謝る。それは本音という声で心の底から溢れ出た言葉…、自らの意志に反する想いから生まれたのだった。

  

 しばらく重い沈黙が支配する。お互いに目を遭わさず、キャスは俯いてばかりだ。少年は窓の方を向いていた。窓から見える街の風景を見ていたわけではない。だが、そうするしかなかった。

 

 うなだれたまま、自らが作り出してしまった場の雰囲気に耐えきれなくなったのか、ようやくキャスは口を開く。

 

 

 「剣は…後で取りに来るといい。その用事を終えたらな……」

 

 

 そうかすれた声で言い終えると店の入口へと歩いて行く。少年は無言のまま、視線でキャスを追うことしかできなかった。

 

 

 §

 

 

 「お客さん!! 食うのか、食わんのかはっきりしてくれよ!! ずっとここにいちゃ、こっちも迷惑なんだよ!!」

 

 

 ……どのくらいの時間が過ぎたのだろう。いつのまにか俯いていた自分。顔を上げると店主が腕を組んで仁王立ちしている。見るからに上機嫌ではない。

 

 あぁ…すまないと素早く勘定を済ませる。店にはちらほらとお客が入っている事からそれなりの時間は経っているの少年は感じた。

 

 カラン…鐘の音と共に扉を開ける。外は小雨。それでも少年はフードを被ると、臆する事なく船着場へと重い足取りで向かって行った。

 

 


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