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悪役令嬢&ご令嬢物語

お兄様は悪役令嬢にはなれません!

「お兄様、これは、一体何事なのですか……?」


 メイドのリーナに呼び出されて急ぎ兄の部屋に来たのですけれど、想定外の現状にわたくしは軽いめまいに襲われました。

 リーナが心配げにわたくしを見つめていますが、えぇ、大丈夫。

 まだ倒れたりはしませんわ。

 この惨状を、止めませんと。



「何事、とは何かな。私の部屋に私が居るだけのことなのだが」



 窓辺から庭を眺めていた兄が、ドレスの裾(・・・・・ )を柔らかく揺らしながら振り返ります。

 腰まであるサラサラの銀髪も陽の光を受けて煌めき、お兄様の美しさに拍車をかけています。

 切れ長の青い瞳に見つめられると、実の兄ながら見惚れてしまいそうです。

 けれどここで見惚れて黙っているわけにはいきません。

 わたくしは、ぐっとお腹に力を込めて、お兄様を見つめ返します。


 

「えぇ、そうですわね。ここはお兄様のお部屋。そこにお兄様がいることは全くもって問題ではありませんわね」



 ただし、『通常なら』と心の中で付け加えさせて頂きます。

 えぇ、お兄様は婚約破棄をされたショックで、こんな事になってしまわれたのだわ。



「何か言いたそうだね?」


「むしろ何もないとお思いですか? お兄様、わたくし、回りくどいことは嫌いですの」


「そうだね。レベッカは貴族令嬢とは思えないほど、直情的で、はっきりと物を言う子だからね」


「えぇ、ですからはっきりと言わせて頂きます。今すぐその悪趣味な女装をおやめくださいませ!」


 びしっ!

 扇子をお兄様に突きつけ、宣言します。

 お兄様――そう、この青いドレスを見事に着こなし、立っているだけで絵になってしまう貴族令嬢と見紛う人は、正真正銘わたくしの兄です。



「悪趣味に見えるかい? 我ながら、完璧な美を誇っていると思うのだが」


「確かにお兄様はお美しいです。わたくしはまだ15年しか生きておりませんが、お兄様ほど美しい方を見た事がありません」



 そう、自慢の兄なのです。

 ふふっと扇子をもって目の前で優雅に微笑む姿を見ていると、姉といいたくなりますが。

 正真正銘、わたくしの一つ年上の兄なのです。


「そうだろう? 私は美しいんだ。悪役令嬢にふさわしい容姿をもって生まれたことに、つくづく神に感謝しなければならないほどに」


「……お兄様、ご自分の容姿を、疎んじていらっしゃいませんでしたか?」



 先日、お兄様は絶望の淵に立っていられたのです。

 それもこれもお兄様が美しすぎたせいで。

 数日間部屋に引きこもり、時折部屋の中から「美しさが、罪だなんて……っ」などという不穏なつぶやきが漏れ聞こえてきたりしていたのです。

 食事もほぼ取ることは無く、家族の誰とも会おうともせず。

 やっと、会ってくださることになったのに、こんな事になるなんて。



「そうだね。愚かなことに以前の私は自分の容姿を認めたくなかったんだ。けれどこれは神が私に与えたもうた希望の光。私の最愛の妹である君を守る最高の武器なんだ」



 うっとりとご自身の頬を愛おしそうに撫でるのですが、まったく意味が分かりません。

 わかるのは、お兄様以外の人がその行動をとったら不気味である、ということぐらいでしょうか。



「意味が分からない、という顔をしているね?」

「説明してくださいませ。なぜ、お兄様の美しさがわたくしを守ることになるのですか。それにそもそも、わたくしには護衛がついているのですから、お兄様が女装などという奇行に走らなければならない理由がないではありませんか」



 わたくしはこのハッスルパブ公爵家の末娘です。

 外出する時はもちろんのこと、この屋敷の中でも、侍女とは別に護衛が付いています。

 さすがに部屋の中まではついては来ませんが、屋敷の外にも沢山の護衛が守ってくださっていますし、お兄様に守られる場面はまずないのではないでしょうか。



「私はね、思い出したんだよ。この世界のすべてを。前世でみた小説の世界だという事実をね」


「お兄様、それは思い出したというのではありません」


「ではなんと言うんだい?」


「錯乱した、というのです!」


「ふふっ、面白い事を言うね。確かにそれも一理ある」


「笑い事ではありません! お兄様は、シャルネア様に婚約破棄されたショックで、そんな妄想に捕らわれてしまったのですわ。わたくし、今すぐシャルネア様に抗議してまいります!」


「駄目だよ、そんなことをしては。公爵令嬢同士とはいえ、いきなり相手の家に乗り込むのはマナー違反だ」


「そんなことはわかっております。ですが、お兄様がおかしくなってしまわれた原因は彼女からの婚約破棄ではございませんか」


 

 シャルネア様は、淡いピンク色の髪が自慢の、高飛車できつい女性です。

 ご自分の美貌には絶対の自信を持っていて、お兄様と婚約したのだって、お兄様なら自分の横に並んでも遜色ないからだと豪語していたぐらいです。

 それなのに……っ!



「文句を言いに行ってどうなるんだい? 婚約破棄を取り消させることはできないのに」


「そ、それはそうですが……」


 

 わたくしも、シャルネア様にお兄様の婚約者に戻ってほしいとは思いません。

 正直言って、あまり好きではない方ですから。

 お兄様の婚約者ですから我慢しておりましたけれどね。

 でも、お兄様がこんな風に正気を失ってしまわれるぐらいなら、わたくしは自分の好き嫌いを我慢できます。



「そう、そうやって言いよどむレベッカに、シャルネアはこう、言い放つんだ。『わたくしより美しい殿方なんて、見たくもありませんの』ってね。その言葉に激怒したレベッカは、シャルネアと同じピンク色の髪をしているというだけで、ヒロインを虐めるんだ」


「お兄様、何を見てきたかのようにおっしゃるのですか? それに、ヒロインって……」


「さっきも言ったように、私はこの世界の物語を思い出したからね。前世の私は美しくもなく賢くもない、ごく平凡な平民だったけれど、本を読むのは好きだったからね。ヒロインというのはこの世界の主人公で、悪役令嬢レベッカに虐められながらもけなげに王子への愛を貫くんだ」


「お兄様の夢の物語の中で、わたくしがどなたかを理不尽な目に合わせるのですか……?」


「そう。そろそろ王立学園に転入してくるはずだよ。名前はカノン=ダグラス男爵令嬢」


「ダグラス男爵のお名前は存じておりますが、カノン様という方にお会いしたことはございません」


「カノンはダグラス男爵の庶子でね、今年の春に引き取られているんだ。元平民だから、一通りの淑女教育を終えてから学園に編入させられるはずだよ」



 あとでカノン様の事を調べたほうがいいのでしょうか。

 そんな子が実在していなければ、お兄様もすべて夢だったと理解して下さるでしょうし。



「物語の中のレベッカはね、カノンの出自を罵り、付け焼刃のマナーを嘲笑い、ランドレ王子と仲がいい事に嫉妬して、階段から突き落とす。そんな悪行の数々が最終的に王子や他のみなにも知られ、レベッカは罪を裁かれ国外へ追放されるんだ」


「それは絶対にありえませんわ。わたくし、ランドレ王子とは友人ですもの」


 カノン様の出自を罵ったり、マナーを嗤う事も想像し辛いのですが、ランドレ王子との仲を嫉妬する事だけは絶対にないと言い切れます。

 家柄的に釣り合うので最有力婚約者候補になっていることは理解しておりますけれど。

 ランドレ王子がこの世で一番美しいお兄様に匹敵するぐらい美しい方であることもわかっております。


 ですが、ランドレ王子とは幼馴染。

 友人として側にいた時間が長すぎて、とてもではないですがそういった対象として見れません。


 もちろん、家と国との繋がりで婚約者になってしまう事もあり得るでしょう。

 その場合はもちろん貴族令嬢の義務として、きちんとランドレ王子を支えてゆきます。

 といってもランドレ王子は第三王子。

 王位を継ぐのは長男のローランド様ですから、ランドレ王子は爵位を賜って王家を出るのではないでしょうか。

 そうなれば爵位の低い男爵令嬢とも結婚できますから、わたくしはランドレ王子の恋を応援することはあれ、邪魔をすることは無いでしょう。



「そう、私の可愛いレベッカは爵位で人を判断せず使用人達にも優しい良い子だと私が保証するよ? ランドレ王子とも良い友人関係を結んでいることも知っている」


「でしたらお兄様の心配するような断罪は起こりえないではありませんか。それに、お兄様が女装することは何一つ意味がありませんわ」



 わたくしがカノン様に意地悪をするとして、お兄様の女装でどう守るというのでしょうか。

 まったくもって意味不明なままではありませんか。



「私とレベッカはよく似ているんだよ。サラサラの銀髪、切れ長の碧い瞳。なめらかな白い肌。いま私たち二人が並べば、姉妹で通る」



 お兄様が姿見の前にわたくしを手招きします。

 鏡に並んで写ると、確かに似た雰囲気はあります。

 兄妹ですからね。

 えぇ、姉妹ではありえません。

 わたくしにはお兄様のような絶世の美貌などは備わっていませんし。

 ドレスを着たお兄様と並ぶと、それでも姉妹にしか見えませんが認めません。



「レベッカ」



 お兄様が、いつになく真剣な表情でわたくしを見つめます。

 ドキリと心臓が跳ねてしまうのは致し方ありません。

 お兄様はお美しいですから。



「私はね、未来を変えたいんだ。破滅の運命をね」


「破滅の運命……わたくしがカノン様を虐げなければよい話ではないのですか」


「私が思いだしたのはこの世界の物語だけじゃない。もっと多くの物語を思い出せているんだ。その中には運命の強制力が働いて、嫌がらせなんてしていないのにした事になってしまったり、物語を成立させる為に世界の意思とでもいうものが働いて、心とは裏腹に身体が勝手に動いてヒロインを階段から突き落としたり。自分の意思ではどうにもならないことが起こるんだよ」


「どうにもならないのでしたら、お兄様が女装しても無意味ですよね」


「ところが、そうでもない。私の名前はレーベン。レベッカと同じ『R』の綴りなんだ。階段を突き落とした時に公爵家のR・Hの刺繍入りハンカチを落としていて、それも断罪時の重要な証拠として提出される」


「つまりお兄様は、わたくしの身代わりに悪役令嬢を装う、という事ですか……?」


「さすがレベッカ。呑み込みが早くて助かるよ」


「助かるよ、ではありません! わたくしの身代わりだなんてそんな事、なさらないでください」



 お兄様の妄想で、絶対にありえないことですけれど、万が一悪役令嬢というものにわたくしがならない為に、お兄様を身代わりにするだなんてありえません。



「お兄様は、男性です」



「ふふっ、可愛いレベッカ。現実を見て? 私はこんなにも美しい」


 くるっとその場で回るお兄様は、もともと華奢だったせいか、少し背の高めな美女にしか見えません。

 それでも、わたくしはこう言いたいのです。



「お兄様は、悪役令嬢にはなれません! なれたとしても、わたくしが絶対に阻止して見せます!」


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