2話 社長と武道家
「さて、次はお前の番だな」
そう言って金田恵蔵は秘書に促した。
金田は65才の男性。
身長は低めで、腹も少々丸く出ているが、背筋はぴんとしていて見た目より若い印象がある。
社長職にあることもあって、スーツ姿がよく似合い、上品で落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「はい、よろしくお願いします」
少し慌てたように答える秘書。
彼は今年で30になる年齢で、同い年の妻と3才になる娘がいる。
黒縁のメガネをかけていて、体型は瘦せ型。
地味なスーツ姿と、おどおどした挙動が頼りない感を出している。
金田と並ぶと一目で力関係がわかる。
二人はデパート7階にあるレストラン街にいた。
日曜の昼二時頃とあって、家族連れを中心に多くの人で賑わっている。
本来であれば二人とも休みなのだが、まとめなければならない商談があり、取引先へ赴いていた後、食事と秘書の要件をすませるため、デパートにきていたのだった。
「で、娘に買ってやる服はもう決めてあるのか?」
下りのエスカレータに乗りながら、金田が訊いた。
「は、はい。目星はつけています」
答えながら秘書は金田の後ろについた。
そのまま二人は6階で降りると、子供服売り場を目指した。
明日、秘書の娘が誕生日ということでプレゼントする服を購入するためだった。
────その一方で、一人の男が同じように子供服売り場を目指していた。
大山力男、53才。
身長、190センチ。筋骨隆々の体型をしており、白のジャケットとスラックスに赤のインナーをといった姿だが、武道家の着る道着を思わせた。
実際に大山は自らの道場、流派をもつ武道家であり、海外からも招かれ指導する、その界隈では実力のしれた存在であった。
今日は妹の娘、つまり姪におしゃれなヘアバンドでも買ってやろうと訪れていた。
大柄で筋肉質な体型は、周囲の目を引いてしまうが、本人は気にした様子もなく平然としたものだった。
「おじさん、すごいね」
不意に声をかけられ、見ると、そこに一人の少女がいた。
小学五年生くらいで、青地に黄色の三日月模様が施されたワンピース姿の少女。
肩にかかる程度にのばした黒髪の左側には、三日月のアクセサリーがあった。
「ガーッハハハ! お嬢さん、そのアクセサリーとても似合っているな」
豪快に笑うと、大山は少女を褒めた。
「うん。ここで母さんに買ってもらったんだよ」
少女は嬉しそうに答えながら、あった場所を指さした。
「ガーッハハハ。そうか、儂も同じものを姪っ子にプレゼントしよう。ありがとう」
大山は笑って礼を言うと、少女が指さした方へ歩き出した。
「ちょっと那月、ここにいたの」
すると大山の後ろから、少女の母親の声がした。
5才くらいの男児も一緒だった。
「ああいう服も良いでね」
離れた位置でその様子を見ていた金田の秘書が呟いた。
「まあ、似合っているかどうかが問題だからな」
その左横にいる金田も、少女を見ながら言った。
その視線に気づいた少女は金田に向けてにっこりとほほ笑んだ。
「那月か……」
金田、そして大山はその名前を一生、忘れない気がした。