美を孕む少女たち
人の美しさはどこで決まるのだろうか? 顔の形? それとも、パーツの形やその位置の正確さ? 美しさは顔だけで決まるのか? 時にその美しさというものを究極的に顕現したような存在に出くわす事がある。顔かたちを超越した、なにか内側からあふれ出るような美しさ、それは大自然の中で春の雄大な一つの風が心を通り抜け、なんともいえない清々しさが僕の体を隅々まで浄化するような美しさなのだ。
街の種々雑多の混み合い。人や車の往来で普通に歩くのにも気を使う。たまに人ごみに酔うと言う人がいるが、その人の気持ちが分かる気がする。目の前の人の群れ合いの中に一つの整然とした秩序が表れていた。その“綺麗さ”に僕の目は惹かれた。そのアーケードの通りの中央を占拠する無人の空白は、これから何かが始まる合図に見え、僕はその通りの入り口をふと見た。そこには日常的にはまず見ないであろう制服に身を包んだ若い男女がひしめいていた。僕はまずその空間に漂う、若い群集の洗練された、無駄のない精力に惹かれ、迷うことなくそれを咀嚼し、味わった。理性を挟む間もなく、ほぼ強制的に僕の心をその数十人の高校生たちは奪ったのである。
彼らの手には、各々、フルートやホルンに似た管楽器、そしてドラムといった色々な楽器を手にしていた。バトンや大きな旗のようなものを持っている子もいた。その手から上の方へと視線を移すと、緊張のために引き締まった顔があった。その目はじきに何かが来るということを知っているかのような目だった。その濁りのない瞳は遠くを眺めていた。
僕はそこで、この群集が何なのか分かった。彼らの制服や楽器の意味も、今の時期と照らしあせて謎が氷解した。
突然、甲高い笛の音が半閉鎖的なアーケード内に響いた。すると、先ほどまで整列してその「何か」を待っていた若き兵隊たちは、徐々に前進し始めた。
彼らは秩序へと行進していた。
力強い、厳格さを轟かせるドラムのリズム、
その地面を伝わる力を補助するように、いくつかの管楽器がのびやかな音でこの空間を包んだ。それはちょうどこの時間の、昼間のまどろみ、そしてこの時期の溶かすような強い日差しと程よい熱気とを歌っているようだった。それとは裏腹に、涼しげに微風を歌うのがフルートなどの楽器たちだった。これらの宴がいままさに目の前でとある秩序で統一された愛くるしい矛盾の中で行われている。
僕はその行進を後から追った。最後尾の数列には女子数人が列を組み、旗を大きく振っていた。小柄な体と華奢な腕で旗が思い切りよく振られているのにもかかわらず、彼女たちの体は、そして隊列は乱れるということを全く度外視していた。それでいて、その歩き方は機械的とも思われるほど正確なリズムそのものとなっており、なおかつ軽やかだった。彼女たちの口元は、人形のような違和感や場違いな裏腹感を予感させない爽やかな自然さを表現した笑みだった。
僕は瞬時にこの初夏に訪れた突然の微風の裏に、厳格な秩序の一員となり切るために繰り返し積み上げられ重みを増した、大量の時間と汗、そして心の傷と応急処置の記憶を感じた。
ただ、その大人顔負けのマーチングバンドは、決定的な矛盾を孕んでおり、それがこの厳然たる統率にひずみを与えていた。女子高校生と思われる彼女たちの制服の間から覗かれる顔、その制服が密着しシルエットが浮き彫りにされた腰周り、そしてスカートの下から伺える太ももやふくらはぎの素肌から、過酷な鍛錬の日々でも達し得ない未熟さが表れていたのだ。
僕が最初、この行進のために相集まり、スタンバイしている彼女たちを一目見た時に感じ取ったものを、今まさに目の前の一人の少女にも同様に見ていた。これこそ外面というよりもむしろ内面からあふれ出る美しさ。内部より何の妨害も受けずそのままにして率直に発散された彼らの若さ、つまり濃密で純潔な、自然体としての人間を未だ保っている精力が、美として形になっていたのである。それは目の前のこの少女の絹のようにきめ細かい、精密な頬の肌、そしてそこからあご、耳、首筋へと雪国を歩くようにどこまでも続いていく清廉潔白さは、彼女が今この瞬間に無意識に顕現させた奇跡であるとすら思われる。
言うまでもなく、動くたびヒラヒラと可憐に舞うスカートの下の脚は、肉体の老いによる堕落を知らぬ純潔さで輝いていた。彼女たちはそれを知らなかった。だからこそこれだけ内部より力を発し、僕の目をその部分に釘付けにすることができるのだろう。また、彼女たちが着ているクリーム色の、軍隊を髣髴とさせる厳しい規律と禁欲的な日常を髣髴とさせる制服が、彼女たちの、随所に影を落とす年齢相応の「未だ達しない美しさ」を一層際立たせ、強力な補助パーツとして彼女たちの躍動する肉体を包んでいる。
そうして僕は目の前の少女の顔を見た。
いい顔だ。
それは必ずしもいわゆる「美少女」ということを意味しない。
顔の各パーツが程よく引き締まり、だらしなさがない。一つの覚悟と、それを包む心地よい緊張感が顔を集約している。
彼女たちは行進していく。
現在という美の絶頂を行進しているのだ。
彼女たちこそ、今、美を最も雄弁に語ることの出来る権威を持つ人間たちだろう。
僕はアーケードの人ごみを出た。
初夏の爽やかな風が白シャツの中を通り抜け、僕の汗を乾かした。