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一度世界は滅んだ  作者: わたり
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水色のワンピースを着た細身の女性は赤ん坊を抱えていた。

胸元まである黒髪には艶があり、動作の一つ一つが上品だった。


「こんにちは。先日お電話した件で・・・」


今日この人が来ることは事前に聞いていた。


(ひかり)ちゃん、お茶の用意お願い」


「はい」


所長である彼が部屋の真ん中にあるソファへと案内する間、私は戸棚からお茶の葉を出して白いポットの中に入れる。


「所長の舞白(ましろ)といいます」


竹中(たけなか)友里(ゆり)と申します」


舞白さんは名刺を竹中さんの方へ向けてテーブルの上に置いた。

腕の中の赤ん坊は静かに眠っているようだった。

舞白さんも心なしかいつもより静かな声で言う。


二人の前に緑茶の入ったマグカップを、大きな音をたてないように置く。


「お電話でもお話した通り、夫のことについてご相談があって」


「はい、どういった内容でしょう」


「浮気をしているかどうかを、調査してほしいんです」


率直すぎるその言葉に内心驚いた。


ここは『なんでも相談所』。


名前の通り、ここには本当に様々な相談事が舞い込んでくるらしい。

「らしい」というのは、私がここでバイトを始めてから数日しか経っておらず、まだどういう依頼が来るのかすべてを把握しているわけではないから。


私はあまり驚きの表情を出さないように、少し離れたところでお茶をすする。

相談事を聞くのは舞白さんの役目だ。

アルバイトで、しかも高校生の私が口を出すようなことではない。


相談者が来ているとき私の仕事は静かにしていること。

別にさぼっているわけではない。そうするように、舞白さんには言われているからだ。


スマホをいじりながら相談事に耳を傾ける。


「浮気の証拠がほしい、ということでしょうか」


「まあ、そんなところです」


「何か疑わしいことがあったということでしょうか」


「はい・・・。帰ってくるとたまに香水の匂いがするんです。たぶん、女性用のものではないかと」


「他には何か気になることはありますか?」


「あともう一つだけ。夜中、少し肌寒くて起きてしまったとき、夫が誰かと電話をしているのを聞いたんです。相手のことを『かおり』と呼んでいました」


そこまでの話を聞けば、浮気を疑われても仕方がないものばかりだ。

竹中さんの夫は隠すのが下手なのだろうか。

これでは気づいてくださいといわんばかりのようにも見える。


「では旦那さんの勤務先はわかりますか」


「はい、えっと・・・、ここです」


竹中さんは赤ん坊を片手で支え、持ってきた小さなトートバッグからメモ用紙を取り出した。

おそらく夫の勤務先の住所が書かれているのだろう。


「それから、これも」


離れていてよく見えないが、写真のようだった。

たぶん、夫の写真だろう。きっと調査する対象者を知ってもらうために持ってきてくれたのだ。


「それで、料金についてなのですが・・・」


「ああ、それはお話した通り、竹中さんのいい値で構いません」


「ほ、本当にご指定はないんですか?」


「ええ、うちはそういう方針ですから」


「わかりました、では、こちらも」


「はい、確かにお受け取りしました」


私がこの相談所に若干懸念していることはこのことだった。


ここは他の探偵事務所や法律事務所のように、料金設定は一切ないこと。

舞白さんはいつも、相談者が決めた値段で依頼を引き受ける。

それがどんなに重い仕事でも、きっと舞白さんは何も言わない。


竹中さんはきっと様々な相談所のような場所での相場を調べてきたのかもしれない。

差し出しされた白い封筒を受け取っても、舞白さんは中を確認することなく続けた。


「ご相談いただきありがとうございます。承りました」


いつものうさんくさそうな笑みを浮かべながら。



翌日の夕方5時、私は指定された場所で舞白さんを待っていた。

おそらく竹中さんの夫の勤務先の近くなのだろう。

24番地区の駅前。


ここ『二ホン』は全国が89地区に分かれており、首都圏は10から28番地区に当たる。

私の家と相談所があるのは13番地区。

そしてここは、空まで届くほどの高いビルが立ち並ぶ24番地区。

高校生は滅多に訪れない、いわゆるサラリーマンたちの巣窟である。


夏休みに入っていることもあり、相談所にはいつも着ていく制服ではない。

アルバイト中は少しでも気を引き締めるようにと制服を着ているのだけど、今日は違う。

この場所にくるなら制服は浮いてしまうだろうと、少し大人っぽく見えるように襟のついた白のブラウスと紺色のロングスカート。

それに、たまにしか履かない少しだけヒールがあるベージュのパンプス。


何分も待たないうちに舞白さんはいつものだらしないシャツにチノパン、ではなくパリッとしたスーツに高そうな革靴を履いている。

黒いスーツの生地には薄くチェックが入っている。


「どうしたんですかその恰好」


「どうしたのその恰好」


二人の声が重なった。

お互いにそんな服装で来るとは思っていなかったらしい。


「俺はほら、ここに来るなら目立たないようにこれにしたの」


「そんなスーツ持ってたんですね」


「スーツの一着や二着は持ってるよ」


「無駄に似合ってますね」


「あー、もしかして光ちゃん、惚れ直したなー?」


「最初から惚れてすらいません」


「わぁ辛辣」


わざとらしくがっくりと肩を落とす舞白さんはすぐに表情を変えて「じゃあ行こうか」と歩き出した。

きっとはたから見たらどこかのサラリーマンとOLなのだろうか。

化粧もしてきて正解だった。


駅からすぐのところにあるビルに入った。

どうやらここが竹中さんに教えてもらった職場 のようだ。


エントランスがあって三人受付の女性がきっちりと制服を着て座っている。

すぐ横にゲートがいくつもある。

入って右手にカフェがあり、そのゲートが見えるようになっていた。


舞白さんとそのカフェに入る。


「光ちゃん何飲む?なんでもいいよ」


「いいんですか?」


「たまにはね」


「じゃあホットのカフェラテで」


「はいはいりょーかい」


コクコクと頷きながらレジへと歩いていった。

私は社員たちが必ず出入りするゲートが見える位置の席を二つ確保する。

店内は休憩中や打ち合わせ中などの人で意外とにぎわっていた。

まあ会社のオフィスがあるビルの中に入っているカフェなんてこんなものなのだろう。

普段なじみのないその雰囲気に少し緊張してしまう。


「はい、カフェラテ」


「ありがとうございます」


まだ退社時間には少し早いのか、ゲートの出入りが少ないと思いながら見つめていたら舞白さんが二つ持った片方のカップを私の目の前に置いた。

両手で包むように持つとじんわりと熱が伝わってくる。


「舞白さんは何にしたんですか」


「オレンジジュース」


「好きなんですか?」


あまりにも意外過ぎてつい聞いてしまった。

だっていつもの様子を見ていればブラックコーヒーとか毎日飲んでますみたいな雰囲気なのに。

勝手な想像だったけど、とんだ見当違いだったらしい。




*




そんな張り込みじみたことをして数日が過ぎた。

といってもずっと見張っているわけではない。竹中さんの夫の会社の退社時間に合わせてあのカフェで出てくるのを待つ。

こういう調査は長期戦を覚悟していたが、結構早く結果が出たと思う。


その日も舞白さんとカフェにいた。

待つ間はどうでもいい話をしていた。興味本位で、いままでどんな相談があったのかを聞いてみると、あまり口に出せないドロドロした相談もあれば迷子のペット探しだったり。


驚いたのは警察からの依頼もたまにあるということだった。

内容については詳しく話せないようだが、顔見知りの警官も少なくはないという。

要するになんでも相談所という名前の通り幅広く相談事を受けているようだ。


「あっ」


ちょうど会話が途切れた時、いつものように注文したオレンジジュースの入ったコップのストローに口をつけようとした舞白さんが声を上げた。

ゲートのほうを向くと、周りの人よりも少し背が高い男性が出てきたところだった。

舞白さんに見せてもらった写真に写っていた竹中さんの夫だった。


飲み干しそうだったカフェオレとオレンジジュースをお互い急いで飲み、それを片付けてからカフェを出て後を追う。


ビルの前にある大きな交差点で信号待ちをしているその姿を見つけた。

私たちは少し離れながら尾行を始める。


駅に入り電車に乗り、2駅目で降りた。

繁華街が近いその駅の前で竹中さんの夫は足を止めて誰かを待っているようだった。

少しして一人の女性が話しかけてきたようだった。

後ろ姿しか見えなかったが、これは確実だろう。


二人はこじんまりとしたワインバーへと入っていった。


「写真、撮れました?」


「ばっちり、ほら」


舞白さんは薄っぺらいカメラで撮影した写真を何枚か見せてくれる。

どれも後ろ姿ばかりで顔はわからない。

相手が例の「かおりさん」なのかは全く判断がつかなかった。




*




数日後、私と舞白さんは相談所近くの喫茶店にいた。

結局あの写真を撮った日はあれだけで終わった。

舞白さんが私をあまり遅くまで連れ歩くのは気が進まないということで。

それ以来何も進展がなかった。

だが数日たったある日、突然舞白さんが竹中さんを呼んで待ち合わせはこの喫茶店。


喫茶店の一番奥のテーブル席に私と舞白さんが並んで座り、目の前に竹中さんが座っている。

相変わらず赤ん坊を抱いている

竹中さんの腕の中でおもちゃをいじるのに集中している。


「単刀直入に言いますと、浮気の証拠は得られませんでした」


「え?」


「そうなんですか?」


てっきり証拠が手に入ったから竹中さんを呼び出したのだと思っていた。

竹中さんも同じように感じたのだろう、少し驚いた表情を浮かべる。


「唯一、旦那さんのお相手の手掛かりとなる写真がこれです」


舞白さんが差し出したスマホを私と竹中さんでのぞき込む。

あの日に撮った写真だった。


「でも女性と会っていたのは事実なんですね・・・」


竹中さんは肩を落としながらつぶやいた。

じっとその写真を見つめる視線は、明らかに落ち込んでいた。


「ちょっと失礼します」


どうやらどこかへ電話をするためらしい、舞白さんは喫茶店の外に出て行った。


「・・・もしこれが、『かおりさん』なら、どうするんですか?」


二人になったテーブルで、残された写真を見下ろしながら手持ち無沙汰に目の前にあるアイスコーヒーのストローをグラスの中で回す。

カランと氷の音が小さく響いた。


「きちんと話し合って、今後どうするかを決めようと思います。こういうことをないがしろにする人ではないと思うので・・・」


竹中さんは腕の中で真剣におもちゃで遊んでいる赤ん坊を見下ろした。

伏し目がちで頬に影が落ちる。

きっと最悪の事態になったとしても、この人は一人で赤ん坊を育てると決めるのだろう。

こちらにも我が子を愛する気持ちがなんとなく伝わってきた。


「やっぱり父親がいないと、子どもは困るでしょうか」


竹中さんがぽつりと呟く。


赤ん坊の頬をつんつんとつつくと、母親のその指に触れられるのが嬉しいのか途端に笑顔になった。


「私は・・・、母が、いないんですけど、父がいつもそばにいてくれたから、寂しいと思ったことはないです」


こういうとき、どういう答えを言えばいいのかわからなかった。

ただ私は言葉通り、母親がいなくて寂しいだとか困ったとかは感じたことがない。

それが当たり前だからだ。


ただそう言うと、片親でもよかったということになりそうで少し気が引けるけれど。


「でもきっと、父は何度も困ったと思います。家事をしながら仕事も育児もして、私が知らないところでだいぶ苦労はしたと思います」


「親って、そういうものなのかしら」


「そういうものって?」


「子どものわからないところでずっと苦労ばかりで、けれど一番大切な子どものために必死で生きていく」


「・・・さあ、私はよく知りません」


「ふふ、親の心子知らずってことね」


「確かに」


竹中さんと二人、笑い合う。

最悪の事態はなんとか避けたいところだが、それはもう竹中夫婦の問題なのだ。

私が助言できることは何もなかった。


「そういえば、まだその子の名前聞いてなかった・・・」


「ああ、里桜(りお)っていうの。里っていう字に桜で」


「里桜くんかぁ、かっこいい名前」


きゃっきゃっと笑いながら竹中さんの指を握る里桜くんは、子どもを見慣れていない私にとっては無条件に可愛く見えた。


私もこうやって父に愛されてきたのだろうか。

たぶん、そうなんだろう。でなければここまで育ててくれるわけがない。


「竹中さん」


外に出ていたはずの舞白さんの声がした。

電話を終えて戻ってきたらしい。ただ、舞白さんの後ろには見覚えのある人物が立っていた。


「ど、どうして・・・」


私が声を出す前に、目の前の竹中さんが信じられないものを見るような顔でその人物を見上げていた。

写真で見た竹中さんの夫だった。


その隣には知らない女性が立っている。


「友里、あのな・・・」


竹中さんの夫の声を、初めて聞いた。

少し疲れているような、そんな声だった。


「舞白さん、なんで・・・!?」


私は怒りを覚えながら椅子から立ち上がる。

他のお客さんがいなくてよかったと思う。思ったよりも大きな声が出てしまった。


「まあまあ、話を聞いて」


そんな私とは裏腹に舞白さんはやけに落ち着いていた。

隣にいる竹中さんの夫は気まずそうに顔をしかめている。


「俺から話をさせて」


「・・・え?」


聞こえた声に驚く。


後ろに立つ女性から聞こえた声は、明らかに男性のものだった。

見た目は確かに女性、でも声は低くて男性。

竹中さんも驚いたようで、目を丸くしていた。


高野(たかの)(かおる)と言います。」


高野さんは、頭からウィッグを取りながらそう言った。

黒い短髪で、化粧をしているのか女性にしか見えないのだが、声は明らかに男性のものだ。


「本名は薫、この格好の時は『かおり』と名乗っています」


「かおり、さん・・・」


例の「かおりさん」は、この人。

それから高野さんはこうなったいきさつを話し始めた。


「俺は昔から女装が趣味で、こいつの前でだけはこの格好ができるんです。幼稚園の頃、女の子の服が可愛くて、どうしても着たくなって姉のお古を家でこっそり着ていました。家族がいないとき、一人で」


ウィッグをつけなおした高野さんは、本当に女性に見えた。

むしろ背が高くてスタイルが良いほどである。

高野さんは落ち着いて、少しだけ苦しそうに話し続ける。


「高校生になれば、バイトをして自分で可愛い服を買えるようになりました。買うとき、彼女にプレゼントとか言って怪しまれないようにしたこともありました。

勇気を出して女装したまま服を買いに行った時、たまたまこいつに会ったんです。それまではクラスが同じだっただけで、話したこともほとんどなかったのに、こいつ、俺に気付いたんです」


「すれ違った時すぐ気づいて何の気なしに声をかけたんだ。そしたら、こいつ血の気が引いたように青ざめてさ」


竹中さんの夫は、当時を思い出しているかのように呟く。

見たことがないのに、その時の二人の光景が自然と頭に浮かんでくる。


「だってあの時は、クラスの奴に女装癖がバレて、いじられると思ったから・・・」




*




高校1年の、あれは九月だっただろうか。

俺はいつものように誰も家にいない時間に、自分で買った女物の服を身につけてウィッグをかぶって鏡の前に立った。

肩も隠れているし、十分女に見える。


ふと思い立った。―――この格好で外に出てみたい。

ひそかにそろえていた化粧品をクローゼットの奥から取り出して、化粧もしてみる。


まるで別の誰かになったような気分だった。

俺は女にもなれる、可愛くなれると。


女装癖はあるが、別に同性を好きになるわけではなかった。

普通に彼女ができたこともあるし、今でも好きになる対象は女性だということは分かっている。

だがその付き合った彼女にさえ、この秘密を打ち明けることはなかった。


小学生の頃、一度だけ口が滑ったことがある。


「女子ってズボンもスカートも履けるのに、なんで男はスカート履けないのかな」


クラスメイトに一言、つい口に出てしまったことだった。

けれどその一言がきっかけで、苦い思いをすることになった。


「お前スカート興味あんのかよ!」


「え、マジ?お前スカート履きてえの?」


「変態じゃん!」


クラス中にあらぬうわさがばらまかれた。

教室に入れば気持ち悪いから近寄るなとか、男子トイレに入ってくるなとか。何度も何度もからかわれた。


中学に入っても同じ。

誰も俺に関わろうとはしなくなっていた。

もうその時には、極力目立たないように、一人で過ごすようになっていった。


高校は小学校時代の知り合いがほとんどいない学校へ進学した。

もちろんこの秘密は誰にも話すことはなかった。


何事もなく高校も卒業するのだと考えていたのだ。




その日は、服も化粧も完璧。

俺はわくわくしながら外へ出た。

この格好で外へ出るのは初めてだった。


電車に乗って一番近くのショッピングモールへ向かった。


ここなら人も大勢いるし、うまくまぎれることが出来ると思った。


いくつもの女性服のかわいらしいお店に入った。

夢のようだった。楽しくて楽しくて、油断していたんだ。

次はどこに入ろうかと歩いていた時だった。


「高野?」


どこかで聞いたことがあるような声だった。

振り返ると、クラスメイトの竹中だった。

ほとんどしゃべったことはなくて、名前しか知らない。

竹中は一人だった。ポケットに手を入れてこちらをじっと見ていた。


「た、たけ、なか・・・」


「あ、やっぱ高野じゃん。何そのカッコ」


竹中は俺の全身を眺めた。

きっと馬鹿にされる、またクラスの笑いものにされてしまう。

そんな事しかもう頭に浮かんでこなくて、全身の血の気が引いた。


「だ、誰にも、言わないで・・・」


懇願するように、やっと出た声で何とか伝える。

そしたら、竹中は驚いたように目を見開いた。


「秘密なんだ、それ」


「当たり前だろ、誰にも言えない、こんなこと・・・」


「似合ってんのに、もったいねぇ」


今度は俺が目を見開く番だった。

「つーか完璧に女じゃん!」と目の前で騒いでいる竹中が信じられなかった。

馬鹿になんかされなかった。

そして竹中は少しだけ真剣な目をして言った。


「お前が秘密にしたいなら誰にも言わねぇ。約束する」


いつもクラスでげらげら笑ってふざけている姿からは想像がつかないほど、真剣な表情だった。


「わ、笑わないの・・・?」


「別に他人の趣味にどうこう言うつもりはねーよ。お前が好きならそれでいいんじゃねぇの」



それからは、ちょくちょく竹中と遊ぶようになった。

休日にどこかへ遊びに行くときはたまに女装をしていった。

竹中はそれを何も言わず、普通の友達同士のように接してくれた。




*




「それからも竹中とはたまに会ってて、女装をしたまま外で会うことも少なくなかったんです」


高野さんは話し終えると、深く頭を下げた。


「竹中とはただの友人です。恋愛対象でも何でも全くないんです」


「俺も、誤解されるようなことして悪かった。ちゃんと話すべきだった」


隣にいる竹中さんの夫まで頭を下げた。

私と竹中さんは茫然とするだけだった。


「言ったでしょう、浮気の証拠は見つけられなかったと」


舞白さんが口を開いた。


「竹中さん、あなたの旦那さんは浮気なんてしていない」


「ぁ・・・」


竹中さんはハッとしたように里桜くんを見下ろした。

先ほどまでおもちゃで遊んでいた里桜くんは、いつの間にか寝息を立てていた。

おもちゃを握りしめたまま、ぐっすりと。


「・・・かおり、さん」


「は、はい・・・」


竹中さんは、少し迷いながらも「かおりさん」と呼んだ。

高野さんは戸惑いながらも返事をした。


「夫は何度も高野さんという方のお話をしていました。なんでも話せる友人だと、一番信頼できるといつも言っていました」


「そ、そうだったっけ?」


竹中さんの夫は少し恥ずかしそうに頭を掻いていた。


「・・・あなたのことだったんですね」


「・・・・・・」


「よかった」


「え?」


竹中さんの呟いた言葉に、高野さんは俯いていた顔を上げた。


「いい人で」


「いい人、ですか・・・?」


「夫に、こんなにいい友人がいて、よかった」


竹中さんの言葉にその場にいた全員が目を丸くした。

舞白さんを除いて。


「い、いいんですか?信じて。浮気の証拠もないですけど、浮気ではない証拠もないんですよ?」


自分でも、嫌なことを言っている自覚はある。

けれど、こんな短時間で信用してしまう竹中さんに、驚きを隠せなかった。


「いいの。夫の友人を悪く言うほど、心が狭いわけじゃないもの」


竹中さんはそう言って、眠っている里桜くんの頭を優しくなでた。

もう疑ってはいないのだと、竹中さんの表情がそう言っていた。




*




「竹中さん、大丈夫でしょうか」


「何が?」


「何がって・・・相手が男だったからって、浮気じゃないって確証はないでしょう」


「そこは調査済みだから心配ないよ」


「何を調べたんですか?」


「あの二人がワインバーに入っていった日、光ちゃんを帰した後俺もワインバーに行ってずっと会話聞いてたし、その後解散するところまで後つけてたし」


「か、仮にそうだとしても、あの日だけ何もなかったって可能性も」


「別の調査も同時進行してたし、あの二人は本当に何もないよ。二人が言っていた通り、ただの友人同士」


「別の調査って?」


「それはまあ、企業秘密」


ここで働き始めて、舞白さんはこうやって調査内容をたまに濁す。

深く追及することはなかったけど、気にならないわけではない。


あの日以来、竹中さんの夫は、高野さんと会う日は必ず報告をするようにしているらしい。

竹中さんからそう連絡があった。

疑っていた香水の匂いについては、あの一件があってからつけるのをやめたらしい。

これで、浮気を疑っていた材料はなくなったわけだ。


私としては、竹中さんがそれで納得したならそれでいい。

解決した問題は掘り返さないほうがいい。


疑わしい目を向ける私をよそに、舞白さんは呑気にお茶を飲んでいた。

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