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みすぼらしいジジイと22歳の俺

作者: 淀川十三

冬は熱燗に限る。頭の中がじんわり熱くなって心なしか優しい気持ちなる。戦争したくてウズウズしてる安倍のあほんだら、満員電車の中の加齢臭、公園をアホヅラ下げてうろつく鳩の集団、あの蹴り飛ばしたくなる犬どももこの瞬間はすべて愛おしく思えてくる。俺はくそったれの政治家にお酌して、加齢臭のおっさんを抱きしめて、公園の鳩にパン屑を与え、犬を撫でる。


セブンイレブンでワンカップを買ってレンジで温めてもらい、駅前の広場のベンチに座り、俺はワンカップをちびちび飲んでいた。12月半ばのクソ寒い時期で、辺りに人は少なかった。そりゃそうだ。誰が好き好んでこんな寒い夜に外でベンチに座って酒なんか飲むものか。俺にはここに座る理由があった。俺の前には8階建ての複合ビルがある。そこの4階、ちょうど俺が見上げた先にはバレエのレッスン場があった。ガラス張りのビルの建物だから中は丸見えだ。ピチピチの服着たオンナたちがワルツ? 踊る姿を眺めながら飲むワンカップというのは乙なものである。冬の寒さなんか屁でもない。週に2.3はこうして駅前のベンチに腰掛けて酒を飲んでいる。世間の定義に従えばおれはフリーター、あるいはアルバイターだ。毎日事務所の移転作業やら建築現場の警備員をやるような派遣会社に雇われている。だがおれはフリーターでもアルバイトでもない。俺は詩人だ。こうして外で酒を飲むのもバレエのオンナを眺めるのも、すべては創作の為である。とはいえ俺は詩人としての収入は0円だ。でも落ち込むことはない。おれはまだ22歳だ。まだまだ未来ってやつがある。


コートからハイライトを取り出して火をつけた。そこに、「ええ匂いしますなあ」と、どうみても浮浪者にしか見えない薄汚いジジイがおれの隣に腰掛けてきた。ジジイはちょうど風下にいておれの吐いた煙が顔に直撃した。


「すんません」おれはジジイに煙が当たらないように気をつけて自分の真上に吐いた。

「ええんやで、ワシもタバコ好きやから」


ああ、タバコ吸いたいんやなと気づいたおれ、このみすぼらしいジジイにハイライトを一本あげて火をつけてやった。


「おおきにやで、にいちゃん」ジジイは美味そうにタバコを吸った。


バレエみて、ワンカップ飲んで、ハイライト吸うて。俺はとうとうワンカップの最後の一口を飲み干した。ジジイは相変わらず俺の横に、生きてるのか死んでるのか分からん顔をしてボケっとして佇んでいた。こんな奴らのために毎月年金を納めているなんて馬鹿らしいなと俺はつくづく思う。



「いやー、遅なった。わるいわるい」と、ジジイの友達らしきジジイがやってきた。


身長は180cmはあろうか、痩せっぽっちののっぽジジイだった。俺の横に座るジジイと並んだらちょうどホームアローンの二人組みの泥棒みたいな感じだ。のっぽジジイは俺の横のジジイ(ちびジジイとしておこう)にワンカップを渡した。「おおきに、せやけどワシ、医者から酒飲むな言われてるねん」「ほうか。ほなにいちゃん飲むか?」と言ってのっぽジジイは俺にワンカップをくれた。断ってこの場を立ち去ろうと思ったが、受け取ったワンカップ、しっかりとレンジで温められている。俺はありがたく頂戴することにした。ジジイ二人組みは、若いもんがこんなところで日本酒飲んで珍しいないうことで俺にあれこれ質問してきたが、俺は全ていい加減に返事した。大学生で帰国子女で、両親は死んだということになった。全部嘘である。まあどうでもいい。


相変わらずビルの4階でオンナたちはワルツを踊っている。俺は『Shall We Dance?』 の役所広司みたいにその光景を眺めていた。何やってるんやろうという俺、どうにでもなれやと考える俺。自分が一体この瞬間何をしているのかわからなくなってくる。世間の22歳は新卒社会人でイキイキと会社で働いて必死に名刺交換など覚えたり、まだ大学生の22歳たちは残りの学生生活を楽しんで旅行計画なんかしたりして。俺みたいに真冬の屋外で浮浪者と一緒にワンカップ飲んでるやつなんて正味おらんだろう。やれやれ。


ギター持った若いオンナが広場に座り込んで弾き語りを始めた。


報酬は入社後平行線で

東京は愛せど何もない


椎名林檎の丸の内サディスティックだ。俺は腹が立った。なぜ人の歌をこれ聞けよがしに堂々と演奏できるのか。人前に立つなら自分の歌歌えよ! 自分の気持ち叫んだれや! 俺はムシャクシャしてワンカップをぐいっと飲み干した。


若いオンナの弾き語りに、H&Mで服を買い揃えたような若い男たちが数人群がってワイワイ騒ぎ出した。俺は三島由紀夫みたいに腹を掻っ切って死にたくなった。俺はこの時代に迎合できないのか。こうしてみすぼらしいジジイたちとワンカップ飲むことしかできないのか。ビューっと吹いた北風が身に沁みた。凍てつくように寒い。もう帰ろう。俺はハイライトを取り出して火をつけた。ジジイに「ほな帰りますわ」と言って駅前の広場を去った。


煮え切らない青い春に

俺は忙しなく煙草を吸う


先の見えない不安定な未来には

失望も希望もなく

ただどうしようもない退屈な日々が続くだけ


そんな現実を直視しないように

そんな瞬間から逃れるように

俺は煙草にすがりつく


煮え切らない青い春に

俺は忙しなく煙草を吸う



毎日どこだか分からない道をとぽとぽと歩く

そこには出会いも別れもない

ただつまらない 平坦な道が続くだけ


俺は立ち止まり空を見上げて手を伸ばした

そんなことしても何もつかめないのは分かっているけど

俺は遠くに向かって手を伸ばした

どこまでも どこまでも 空は広がっていた



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