3
「夏樹ー」
微睡みの中に差し込む優しい声色に、ゆっくりと意識が覚醒へと向かっていった。
「……光か」
「ん。おはよう」
蜂蜜付にした様な甘い声は、優しく夏樹の耳の鼓膜を揺らし、今、自分は寝ていて懐かしい夢を見ていたのだと悟る。光に撫でられ寝てしまうとはまるで子供の用だと自嘲しか浮かばないが、眠い?と心配そうに聞いてくる光に大丈夫だと返す。耳としっぽが何処と無く垂れている印象を受け、夏樹は口元を少しだけ弛めた。
「あ、なぁ、隆が、今からカフェ行きたいって言うんだけど、一緒行かねぇ?春人も誘ってさぁ。出来れば黎斗も誘って。黎斗が来てくれるか分からないけど、せっかくだからたまには遊びたいんだよな。最近遊んでないし」
潜められた声は楽しげで、子供のような笑顔でこちらを見おろすのが可愛くてしかない。撮り逃した表情に悔しさが滲むがまどろむようなこの空気に抗えず、暖かな空気を甘受する。
それでも魅力的な暖かさに抗いながらもなんとか夏樹が顔を上げると翡翠の目を緩ませる光と目が合う。
「……駄目?」
こてんと首を傾げての発言に夏樹は舌打ちしたくなった。
「好きにしろ」
正直、あの二人と一緒になると光を取られてしまうので、あまり一緒になりたくないが、自分が出会うよりずっと前から友人だったと言う三人の邪魔はあまりできない。
詳しくは教えてもらえてないが、昔何かあったらしく、それ故に三人はお互いを大事に思っているらしいのだ。その輪を壊せるほど、夏樹は、強くもなければ、光の笑顔を奪う事もできない。
「やった!ありがと!」
至近距離で、嬉しそうに言う男の笑顔のなんと心臓に悪いことか。色気なんて、きっと、ない。しかし、何かに溺れそうになる。
薄紅色に色付き、さっきから揺らめいているそこから視線が外せなくなる。なつきと呼ばれる。こえんと傾げられる顔。催促されるような、口の動きに導かれるまま、近づいていく。
光の顔がぼやけていく。 見ていたのは薄紅色だった筈なのに、視界に広がるのは光の不思議な目の色で。
エメラルドグリーンから段々とゴールドに近いプリムローズイエローへと変化していく独特の瞳は見る度に色の度合いを変えていって、夏樹が撮りたいと焦がれる理由の一つである。
それが徐々に潤んでいくのが見えて、その目に溜まる雫すら綺麗だと思う。
その雫を一緒に飲み干してみようか。その思い付きは自分ではなかなかの妙案に思えて。
その思い付きに誘われるがまま、 瞳に寄っていくとピリリと静寂を破る電子音が鳴り響く。
「…っつ!」
びくんと肩を揺らして大慌てで光が離れていく。どくどくと高鳴る心臓。その顔も逃してしまった腹立たしさと、その目尻に溜まる涙を舐められなかったこともなんとも物足りなく感じながらも、速まる心音を抑えつつ、ピリリと甲高く鳴り続ける己の携帯端末をポケットから引っ張り出した。
ディスプレイに表示される名前に、苛立たしさを感じながらも渋々と通話モードに切り替える。アイツは出るまで鳴らすから無視するだけ、余計腹立たしくなってくるだけなのだ。
「…なんだ、隆之介」
「やっほー。光に電話かけても出ないんだけど知らない?」
今ここにいる、なんて言おうものなら殴られそうな気がして冷や汗を流しながらも夏樹が押し黙ると
まぁいいや、と勝手に結論づけた隆之介が続ける。良かった。
「みんなでカフェ行かない?新しいとこ出来たんだよ。春人も誘ったし、いかがわしく引きこもってないで外に出て夏を感じようよ、美味しいかき氷が有るらしいし、モデルを撮るには最適でしょ?」
句読点がどこに付いてるか分からないほど、矢継ぎ早に言葉を重ねられる。五月蝿いと言ってやりたいが口を挟むまもなく次から次へと言葉の波に襲われる為、こちらの意見は言える隙などない。
「分かった。けど、暁は誘えたのか?」
「もっちろん!藜ちゃんも来るよ!」
忙しいのか夕方には帰るみたいだけど、と寂しげに付け足された言葉。そう言えば恋人がいると言っていたか。それを聞いて夏樹がどことなくほっとしたのはここだけの話だ。
「今から出る。場所だけURL送れ」
「分かったー!あ、光、ちゃんと連れてきてね?」
知らない?と聞いたくせに出てくる言葉に、隆之介には隠し事は出来ないらしいと悟り、夏樹は深くため息を零した。




