008「なぜなぜ幼女」
「ふ~ん。空と海に似てるから、青が好きなのね。それじゃあ、好きな食べ物は?」
「お魚かな」
「なんで?」
「新鮮なうちは、お刺身にしても美味しいし、フライやムニエルにしても美味しいから。クロエちゃんは?」
「私は、南瓜のパイと人参のクッキーが好き。パパが、お祭りやお祝いのときにだけ作ってくれるの」
カウンター席には、エマと、クロエと呼ばれた栗毛を紺のリボンでポニーテールにくくっている幼女が並んで座っている。床に届かない足をプラプラさせながら、澄んだエメラルドの瞳をキラキラさせて次から次へと質問攻めしてくるクロエに、エマは、やや疲れの色を見せている。その二人の様子を、カウンターの向こう側で、フレンチローストした粗挽き豆を水出し用のガラスポットにセットしながら、アランが耳を傾けつつ、見守っている。
「ねぇ。エマは、なんでココに来ることにしたの?」
「あれ? さっき、答えなかったっけ?」
「あっ、そうだ。クロエのパパが、エマのパパと家族だからだった。エヘヘ。それじゃあ、今度は、えーっとね」
「クロエちゃんったら。まだ聞きたいことがあるのね」
こめかみに人差し指を添えながら考え始めたクロエに対し、エマは、ため息交じりに小声で呟くと、アランに向かって視線で救難信号を出す。ヘルプの眼差しを察したアランは、静かに首を横に振り、さとすように言う。
「今は、まだ、もの珍しいから、好奇心が湧き立ってるだけさ。そのうち飽きるから、適当に答えてやって」
「え~。見放さないでくださいよ、アランさん」
求めた助けの当てが外れ、エマが不満の声を上げたとき、カランコロンという軽快なカウベルの音色とともに、一人の女が来店する。女の髪は濃い紫色をしているが、よく見れば根元が黒いので、脱色して染めたものであることがわかる。その個性的な髪色と目の下のクマ、それから、色も素材もバラバラの細長い布をパッチワークの要領で縫い合わせたガウンのようなものを着ているところから、アーティスティックで、どこか常人離れした独特のオーラを放っている。
「あっ、マリーだ!」
「あぁ、なるほど」
イスからジャンプしたクロエがマリーと呼んだ女に駆け寄ると、エマは合点いった様子で頷く。女は、手慣れた様子でクロエを抱きとめると、そのまま両腕で持ち上げてイスに戻し、その隣の席につく。そして、クロエを挟んだ状態でエマに質問する。
「エマというのは、あなたね?」
「あっ、はい。えっと、マリーさん?」
「マリーで良いわ。さん付けされるのは、よそよそしくて嫌なの」
「えっ。でも」
マリーから鋭い眼光を向けられたエマが、気まずさを逃れようと視線をアランに向けると、アランはマリーに向かって窘める。
「初対面で年上の人間を呼び捨てにするのは、普通は、気が引けるものだ。勘弁してやれ」
「悪かったわね、普通じゃなくて。――好きに呼びなさい」
「はい」
エマが緊張した様子でマリーに返事をすると、クロエが呑気な調子で言う。
「大丈夫よ、エマ。マリーは、ちょっと見た目が怖いけど、とっても優しい心を持ってるの。勘違いしないであげて」
「クロエ。余計なことを言うんじゃないよ」
「その通りじゃないか、マリー」
「もう。兄さんまで、そういうことを言う。二対一じゃ、分が悪いじゃない」
頬杖をついて不貞腐れるマリーに対し、クロエとアランが顔を合わせてニッコリと微笑むと、エマは、マリーに申し訳ないと思いつつも、二人につられてクスッと笑った。