【余話】「ティータイム」※画像あり
エマとテオがマリーの家で寛いでいる頃、ドミニクはアランと会話を楽しんでいる。アランはシャツの上にニットのベストを着ていて、ドミニクは
紫やピンクの線が複雑に絡み合った模様のケープを羽織っている。
「そんなにたっぷりとマーマレードを入れては、紅茶の味や香りがしないよ」
「うわっ、甘酸っぱい! オレンジの味しかしないや。オレンジシティーで、オレンジティー」
ライ麦のビスキュイに添えてあったマーマレードを、ティースプーンでこんもりと掬ってカップに入れてかき回すドミニクに、マキネッタの手入れをするアランが苦言を呈すると、ドミニクは紅茶をひと口飲んで驚き、ついでに冗談を飛ばす。アランは、口の端でフッと失笑しつつ、ソーサーごとカップを引き上げながら、ドミニクに質問を投げかける。
「飲めたものじゃないだろうから、淹れ直すよ。――ところで、ドミニクくん。君は、どうして、わざわざ女人禁制の学校にやってきたんだい?」
ドミニクは、一瞬、シラを切ろうかと迷う素振りを見せたが、すぐに観念して白状する。
「その口ぶりだと、僕の秘密はバレてそうだね。いつ、気が付いたんだい?」
「最初に会ったときから、違和感があったんだ。確信したのは、クロエと一緒に居るときの様子さ。声は低めだし、それなりに身長があっても、骨格や仕草に違いが出るからね」
「参ったな。これで二人目だ」
しくじりを犯したとばかりに、ドミニクは額に手を当てる。アランは、茶葉をセットしたティーポットを火にかけつつ、話を続ける。
「テオくんかエマくんにも知られてるのかい?」
「いいや、その二人ではなくて、ブティックのオーナーに」
「あぁ、なるほど」
服の裾を持ちながら、ドミニクが言うと、アランは納得した様子で感嘆の声をもらしつつ、砂時計を用意する。
「どういう事情があるか知らないけど、気取られないようにしなさいよって言われたのになぁ。――探偵になれるよ、マスター」
「ハハッ。それは、どうかな。――砂が全部落ちたら、飲み頃だから」
そう言って、アランはティーポットやミルクピッチャーなどを乗せたトレーをドミニクの前に置き、次いで砂時計を空のカップの横に置く。それから、好奇心に満ちた目でドミニクを見ながら問いかける。
「クロエは、もう寝かせたし、マリーたちも、まだ帰ってこないだろう。この砂が落ちきるまでのあいだに、事情を聴かせてくれないかい?」
「わかったよ。僕も、誰かに話したかったんだけど、面白い話じゃないから。――十二歳のときに双子の弟が死んだんだ。それで、長兄相続のしきたりから、不要なお家騒動に発展しないよう、弟になりすまして生きることになったんだ」
「ずいぶん時代錯誤な家訓だね」
「僕も、そう思うよ。――そのときから、僕は僕になり、私は私でなくなったわけなんだけど……。ねっ? ホントの話はツマラナイでしょう?」
「そんなことないさ。充分、興味をそそられたよ。話してくれて、ありがとう」
途中まで珍しく真面目な顔で話していたドミニクだったが、砂時計をひっくり返し、ティーポットから紅茶を注ぐ段になった途端、いつものニヤケ顔に戻る。
「ところで。テオくんは、君が女子だということに気付いてそうかい?」
「いや、まったく。ふざけてお色気サービスしたら、ドン引きされちゃった」
「……テオくんも災難だな」
「年上ならウェルカムよ。倍の歳まで許容範囲」
「それは惜しいな。僕は三十五だから、範囲外だ」
「なら、来年また声を掛けようかな」
「記憶喪失になってることを祈るよ」
「ひっどいなぁ。あっ。胸は晒で縛って潰してるんだけど、見てみる?」
ミルクを注ぐ手を止め、ドミニクが中に着ているワイシャツのボタンに指をかけようとすると、アランは素早くドミニクの手首を掴み、窘めるように言う。
「脱がなくて良い。オジサンをからかうんじゃないよ。そういう大事なモノは、これから現れるであろう運命の人のために取っておきなさい」
「火遊び(アバンチュール)は、来年までオアズケか」
ドミニクは、飲み頃になった紅茶のカップを持とうとしたところで、派手にくしゃみをする。
「デックシュン!」
「おや、風邪かな?」
「いや、違うと思うな。きっと、誰かが僕のこと噂してるんだよ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
後日、続編としてパートⅡを書くかもしれませんが、ひとまず、パートⅠはココまでとします。