051「この地で再び」
「今日は満月ね」
「そうだね。綺麗な月だ」
年が明け、オレンジシティーに戻ってきたエマとテオは、西の高台にあるマリーの家の屋根上で肩を寄せ合い、晴れた夜空を見上げながら、いたって健全に睦言を交わしている。その手元では、互いの利き手同士を恋人繋ぎしている。
「あっという間だったわね」
「そうだね。明日から寮に戻らなきゃいけないと思うと、気が滅入るよ」
「あら。でも、戻ったらすぐに、そんなこと考えてられなくなるわ。愉快なルームメイトが一緒だもの」
「よしてくれよ。今は、ドミニクのことを考えたくない」
想像をかき消さんとして、テオが右上のあたりを片手で煤煙でも払うように動かすと、その様子を見たエマは、可笑しそうにクスッと小さく吹き出してから言う。
「テオくんに出逢ってから、世界が広がった気がするわ。ふるさとに帰ったとき、ずいぶん小さな街だったんだと思ったもの」
「僕もだよ。エマさんに出逢ってから、世の中が違って見えるようになった気がするよ。帰郷したとき、狭く窮屈なところで暮らしてたんだなと感じたから」
感傷に浸り始めたところで、エマは、小さく「アッ!」と声を上げ、嬉しそうな顔でテオに言う。
「そうそう。テオくんって、詩を綴るのが好きなんでしょう? いまの気持ちをしたためてみてよ」
「えっ。急に言われても、困るなぁ。というか、誰から聞いたの?」
「もちろん、ドミニクくんからよ」
「やっぱり。ろくなことを言いふらさないな、アイツは。覚えてろよ、ドミニク」
「呪詛を唱えるのは、あと回しにして。先に、詩を諳んじてみせてよ」
「わかったよ。アー、コホン」
いまではない、いつか
ここではない、どこか
大空は広くすみわたり、鳥たちが優雅に飛びまわる
大地は青くひらけて、獣たちがのびのび駆けまわる
そんな牧歌的な世界に
一組の男女がいた
「あら。素敵な詩ね。続きは?」
「あわてない、あわてない。細工は流々、仕上げを御覧じろ」
こなたは南国
塩辛いカラフルな海からやってきた少女
かなたは北国
雪深いモノクロの森からやってきた少年
庶民と貴族
魔女と騎士
けっして交差するはずの無い、二つの平行線は
互いに少しばかり角度を変え、一点で出逢った
「まぁ。主役は私たちなのね」
「今の気持ちを、と言われたからね。あと少しだけ続けるよ」
さぁ、はじめよう
春の太陽のように、あたたかで
柑橘類のように、あまずっぱい
オレンジシティーの物語を
塩辛いカラフルな海 南国で庶民的な生活をしていた赤毛の少女
雪深いモノクロの森 北国で貴族的な生活をしていた青髪の少年
対照的な二色の弱い糸は、縒り合わさって強い絆となった
誰も仲を引き裂くことが敵わない、切れない縁で結ばれて