046「イメージチェンジ」
テオの告白をエマが快諾してから、はや数ヶ月。二人とドミニクは、陽気な夫妻が経営する理髪店に来ている。店先にある赤白青のストライプに塗り分けられた立て看板には、ハサミとクシのシルエットと共に「セヴィーユの店」と書かれている。
「キレイに整えようって思うなら、このあたりだな」
「うっ。そんなに短く切るんですか?」
髪の毛をひと房、根元から三センチほどのところで人差し指と中指で挟み、半袖詰襟の白衣を着た中年の男が、鏡越しにテオに見せると、テオは難色を示したので、男は決断を急かすように続ける。
「そうだよ。カチ割った傷跡からは、まだ、これくらいしか生えてないからな。不揃いのままにするか、腹を括ってベリーショートにするかの二者択一だ。まっ、理髪師としては後者を勧めるところだけどね」
「う~ん。思ったより短いなぁ……」
「ヘヘッ。どうせ、すぐ伸びるって。テオは土台がイケメンなんだから、どんなヘアスタイルでも似合うと思うな。旦那の提案が気に入らないなら、いっそ、スキンヘッドにしたらどうだい?」
「オッ! そいつは名案だな」
なおも悩むテオに、その背後からドミニクが茶々を入れる。二人のカットが終わるまでのあいだ、ドミニクは待合用のソファーに座り、総合雑誌を広げているのである。雑誌の見出しには「常会前に教団の支持率急落! 魔女狩りの強硬姿勢に軟化の兆しか?」と書かれている。
ドミニクの迷惑な思い付きに男が同意すると、テオはドミニクを牽制しつつ、男に注文の決定をする。
「他人事だと思って、変なことを言わないでくれよ、ドミニク。――それじゃあ、ベリーショートに」
「あいよ。ベリーショート一丁!」
中華そばでも注文されたかのように男が意気揚々とハサミを動かしはじめる横では、派手な顔立ちの化粧の濃い女が、エマのパーマっ気のある赤毛を櫛で簡単に整えつつ、鏡越しに話し合っている。
「せっかくのボリュームあるパーマネントなんだから、それを活かしたほうが良いわよ。こうして前髪を後ろに流してオデコをスッキリみせつつ、サイドにボリューム感を出して、仕上げに、うなじのあたりをチョイと持ち上げてネープラインを見せれば、ずっと個性的で素敵になるわ」
「えっ。この癖の強さなのに?」
女がエマの前髪を持ち上げてオールバックにしてみせたり、首筋の髪を引っ張り上げたりしながら身振り手振りも交えて説明すると、エマは想定外の提案に驚き、思わず目を丸くする。
「おぉ、良いじゃないか! 僕も、女将案に賛成だね」
「もぅ。ドミニクくんったら、調子が良いんだから。――お願いします」
「任せなさい! 誰もが注目する、とびっきりの美女に仕上げてあげるわ」
そう言うが早いか、女は白衣の胸ポケットからハサミを抜き取り、チョンチョンと軽快なリズムで余分な髪を切り始める。
同じころ、西の高台にあるアトリエでは、ドミニクに行きつけの理髪店を教えたマリーが、そろそろ紫に染め直そうか、それとも別の色にしようかと、姿見の前でスツールに座りながら、自身の独特な美意識に基づいて思案しているのであった。