041「あなたは騎士で私は魔女で」
「こっちよ、エマ!」
「待って、クロエちゃん。――あぁ、ごめんなさい。通してください。急ぐんです!」
「舞踏会のダンスホール以上に人が多いわね。――あら、ごめんあそばせ。構ってるお暇はないの」
器用に人と人のあいだを縫いつつ、誰に当たることなく走り抜けていくクロエを、エマとイザベルは、ときおりぶつかる人たちに頭を下げたり、呼び止めを断ったりしながら、見失わないように追いかける。
そうして雑踏と格闘すること十数分。三人は、オレンジの十字マークが描かれた大きなテントに辿り着く。そこには、折り畳んで持ち運べる簡易ベッドが何台も並べられ、骨折や火傷などで包帯を巻いている患者たちが、清潔な白い服を着た医師と看護師の手当てを受けつつ、申し訳程度のパーティションでプライバシーを確保され、めいめいに安静にしている。
「連れて来てくれたのね、クロエ」
「間に合ったかな? テオなら、この通りだよ」
掛けるべき言葉が見つからず、静かにベッドに近寄る三人に、マリーとドミニクが声を掛ける。五人が囲むベッドの上では、頭と左腕と右足首に包帯を巻き、上着を脱いでシャツ一枚となり、ベルトを外したスラックスを穿いたテオが、菩薩のような安らかな表情で仰向けに眠っている。上下する胸の動きを見れば、規則的な寝息を立てているのが判断できる。
「寝ちゃったの?」
クロエが無邪気にして残酷な疑問を投げかけると、マリーはドミニクの顔を見る。視線を感じたドミニクは、空元気を出しながらクロエに答える。
「そうだよ、クロエちゃん。疲れが溜まってたみたいだから、お休みしてるんだ。――それじゃあ、ちょっと席を外しますね」
ドミニクは立ち上がってクロエの近くへ寄りつつ、エマ、イザベルの二人の前を横切っていく。
「ゆっくり眠れるように、テオはそっとしておいて、クロエちゃんは僕と一緒にお出掛けしようね」
「えぇ~。私は、ここに居たいわ」
「ここに居るには、ずっと静かにしてなきゃいけないんだよ? そんな息が詰まることをしないで、お祭りを楽しみに行こうよ」
「う~ん、しょうがないなぁ。そこまで言うなら、一緒に行くわ」
しぶしぶながらクロエが同意すると、ドミニクはマリーにパチッと目配せをしつつ、クロエの手を引いてその場をあとにする。
残った三人のあいだに再び沈黙が流れたあとで、エマが満を持して口火を切る。
「お医者さんは、何と?」
「外傷は浅い擦過傷と軽い打撲程度だけど、打ちどころが良くなかったらしいわ。このまま昏睡状態が続けば続くほど、意識を取り戻す確率は減っていくそうよ」
「そんな……」
諦観にも似た口調でマリーが淡々と告げると、イザベルはショックを隠し切れない様子で口を両手で覆う。エマは、しばらくテオの顔へ見るともなしに視線を向けていたが、やがてハッと何かを思い付いてテントの生地を見上げてから、唇をキッと真一文字に結んだ意を決した表情になる。そして、呆然としているイザベルの様子を横目に見つつ、心なしか、いつもより目の下のクマが濃くなっているマリーに提案する。
「悪いんだけど、マリー。イザベルさんと少しのあいだ、席を外してもらえないかしら?」
「わかったわ。それじゃあ、私たちは向こうで待つことにするから。――行くわよ。ほら、しっかりなさいよ、公女さま」
マリーは、両手でイザベルの肩を持つと、そのまま回れ右させて退場して行く。
テオと二人きりになったエマは、そっと懐に手を忍ばせ、鎖を引いて胸元のロケットペンダントを取り出した。