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040「幸運を掴み損ねる」

 イザベルが珈琲館の二階でエマと再会するより、小一時間ほど前のこと。

 テオとドミニクは、オレンジと引き換えにラクレットを堪能したのち、再び上着を着てパトロールを再開した。荷物になる花かごは、いったん寮に戻り、上級生に善良な市民からの贈り物だという説明をしたのち自室に持ち帰り、少量の水を与えてから、なるべく日当たりのいい場所に置いてきたのである。


「通りの向こうが騒がしくないか、ドミニク?」

「そうだな、テオ。これは、ものものしい雰囲気が漂ってる感じだぞ。バタ臭さマキシマムだ」 


 スンスンと鼻を鳴らしつつ、ドミニクが躾のなっていない犬のように周囲のニオイを嗅いで回る。テオは、その滑稽な真似を止めさせようとドミニクの獣耳を引っ張り、口を近付けながら一語一語ハッキリと言ってきかせる。


「イデデ、イテイテ……」

「それを言うなら、きな臭さだ。今度こそ真面目にパトロールしろと言ったのが、聞こえてなかったのか?」

「き、きこえてました! だから、離してくれ」


 指を離しつつ、テオが呆れたように短く息を吐くと、ドミニクは引っ張られたほうの耳を手でさする。

 そんなコントを繰り広げているうちに、徐々にかまびすしい音が近付く。二人は、赤に青に緑にとカラフルな野次馬たちの人垣をかき分け、騒動の中心へと踊り出る。視界が開けてみると、そこでは、おかっぱ頭でえらの張った顔の痩せぎすな婦人が、昼前に遭遇したカイゼル髭の老人と口論になっている。


「魔女狩りなんて許しませんわ。そもそも男女間は、どちらが上でも下でもなく対等であるべきなのです。まぁ、男所帯の教団で思考停止しきった頑固頭では、到底、理解できない領域のお話でしょうけど」

「言わせておけば、ベラベラと口ばかり達者なものだな。この無礼者め!」


 両者とも自己主張を続け、一歩たりとも譲ろうという気配が無い。両者のあいだには、バチバチと見えない火花が散らされている。


「この場合、どちらの味方をすべきなんだろうな、テオ?」

「支持したくないけど、この制服を着てる以上は、あの太鼓腹のほうじゃないかな」

「やっぱり、そうだよな」 

 

 ヒソヒソと小声で意見を交換していると、悪口だけは高性能に拾い上げる老人の耳が、二人の声を拾い上げる。老人は、二人のうち小柄なドミニクに狙いを付けると、ノシノシと偉そうにガニ股で歩み寄り、服の襟を掴み上げながら耳を聾さんばかりの大声で言う。


「貴様は、さっき逃げた不良だな。もう一度、この名誉団長に同じことを言ってみやがれ!」

「はてさて、なんのことやら。僕にはサッパリだな~」

「とぼけるな!」


 首を軽く左右に振り、両手の掌を上にしてシラを切ろうとするドミニクに、名誉団長を名乗る老人は、その小生意気さに怒り心頭に発し、平手打ちを繰り出そうとする。だが、その一撃は歯を食いしばって顔を反らすドミニクに届く前に、咄嗟に左手で投げたテオの警棒が老人の人中にヒットしたことによって阻止された。


「名誉団長か何か存じませんけど、私的な感情に基づく懲罰は見過ごせません」

「そうよ。老害を撒き散らす人間に、名誉団長を名乗る資格は無いわ」


 カランカランと乾いた音を立て、石畳に警棒が落ちる。その間に、テオが老人の顔を、まるで剣の切っ先のように冷たく尖った鋭い視線で射貫くように見据えながら、キッパリと断言する。その勢いに便乗してフェミニズム運動家が煽り立てると、老人はターゲットを変更し、今度はテオに烈火を向ける。

 それから、氷のように冷静なテオと、炎のように熱を帯びた老人が一進一退の攻防を繰り広げていたが、やがて寄る年波に勝てない老人が劣勢になり、テオが降伏を推奨するが、意地になった老人は申し出を断り、なんとかしてテオを負かそうとする。そこでテオは、やむなく老人の鳩尾をめがけて拳を突き上げようとするが、優勢に立って油断したためか、運悪く警棒を軸足を踏んずけてしまい、バランスを崩してしまう。


「わっ!」

「テオッ!」

「キャーッ!」


 自由落下をはじめる寸前、ドミニクはテオに駆け寄って手を伸ばすが、今度は手を掴み返すことが叶わず、テオは、そのまま背後の九十段はあろうかという長い階段を転げ落ちていく。それを見て、おかっぱ頭のフェミニストは黄色い悲鳴を上げ、カイゼル髭の老人は、ザマァ見ろとばかりに口元に陰険な笑みを浮かべ、階段を駆け降りるドミニクたちとは反対方向へと立ち去って行った。

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