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038「かなしい邂逅」

「蜂蜜を買ってから花を受け取るまでのあいだに、路地で猫と自在に会話していただろう。それが、魔女だという動かぬ目撃証拠だ」

「そんなの、言いがかりよ。離して!」


 白黒つけるために駐屯地へ連れて行こうとする教団の老人に対し、エマは、それを根拠のない当て推量だと突っぱねようとする。そこへ、さも偶然通りかかった風を装いながら、紙袋に上着を丸めて入れたテオがあいだに割って入る。


「どうしたんですか、エマさん」

「あっ、テオくん。この人が、私が魔女だっていうの。なんとかして」

「指を差すんじゃない。失敬な小娘だ」


 振り解かれた手でエマに顔を指差され、カイゼル髭の老人は憤慨をあらわにする。すると、その老人の禿げあがった後頭部に、オレンジがジャストミートする。テオが落ちたオレンジを拾い上げているあいだに、エマと、片手で後頭部を押さえながら低く呻く老人は、放物線上の始点に立つドミニクの姿に気付く。制服姿のドミニクは、舌を小さく出しながら片手の拳を顎の下に添え、わざとらしく三枚目を演じてみせる。


「あっ、しまった! 教団のお偉いさんだったか」

「そういう貴様は、訓練学校の騎士候補生だな。名誉団長にオレンジをぶつけるとは、侮辱も甚だしいぞ。謝りたまえ。――こら、待て!」

「待てと言われて、待つ馬鹿はいないよーだ」


 ドミニクは、老人がクドクドと長い説教を始めたのを察知すると、挑発的に尻尾を振りながら、スタコラサッサとパサージュを走り出す。老人は、エマたちのことを忘れ、天狗のように顔を真っ赤にしてドミニクを追いかける。


「厄介な人に目を付けられたものだね」

「ホント、困っちゃうわ。それにしても、ドミニクくんは騎士のタマゴだったのね」

「あぁ、そうなんだ。僕と同じ寮のルームメイトなんだけど、規則を破ってばかりで困り者だよ」


 ハハッとテオが乾いた笑いをこぼすと、エマは、急に蒼い顔をして俯き、ろくに顔も見ないまま、テオの胸元に持っている花かごを押し付ける。テオは、それを空いている左手で受け取りつつ、真意を量りかねる様子で首を傾げながら訊ねる。

 

「これは、僕がいただいてもいいのかな?」

「あげるわ。だから、もうお店には来ないで。短い間だったけど、楽しかったわ。二人が立派な騎士になるよう願ってるから。さよなら!」

「えっ。待ってくださいよ、エマさん!」

「来ないで!」

  

 唐突に別れの挨拶を告げて駆けだしたエマを、テオは頭上に疑問符を量産しながら追いかけようとすると、エマは一度だけ振り向いてテオに自らへの接近を禁じ、再びガムシャラに駆けだす。テオは、振り向いた顔の目元に薄っすらと涙が浮かんでいたのに気付き、追跡の足を止める。

 数分ほどだろうか。どうしたらいいか分からないまま、ポツネンと途方に暮れて佇んでいるテオの元へ、冷やかし半分に指笛を鳴らしつつ、同じように上着を紙袋に入れ、帽子で獣耳を隠して尻尾を消したドミニクが現れる。


「ヒューヒュー。お熱いぞ、お二人さん、って、アレ? テオ一人なのか。エマちゃんは? おっ、花かごだ!」 

「これを渡されて、来ないでって言われた。どうやら、嫌われてしまったらしい」


 意気消沈して俯いたテオが、今が盛りと咲くガザニアとガーベラの花をボンヤリと見ながらボソッと言う。すると、ドミニクは何かを察した様子で、テオの手から花かごを取り上げつつ、グッと背伸びをしてテオの肩に腕を回し、人懐っこい笑みを浮かべながら背中を叩いて励ます。


「ドンマイ、ドンマイ! この世界には、星の数ほど女がいるんだ。そのうち一人に、ちょっと嫌われたぐらいで、凹むこと無いって。――さて。そろそろ腹時計がグーッとランチタイムを知らせる頃だ。美味しいものを食べて、気分を変えようぜ。ちょうど、ここへ来る途中で、いい匂いを漂わせてるブースを見つけたんだ。空腹で考え事をしたって、ろくでもないことがグルグル堂々巡りするだけだからさ」


 なおもテオがノーリアクションのまま茫然自失の体でいると、ドミニクは肩に回した腕を解き、その手で背中をグイグイ押して無理矢理に歩かせ始めた。

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