037「二人の奇兵」
「おっかしいな~。たしかに、こっちに行ったと思ったのに。おい、テオ。落ち込んでないで、一緒に探してくれよ」
「誰のせいで自責の念にかられてると思ってるんだ。雑踏に紛れて持ち場を離れるなんて、いよいよアウトだ」
呑気に構えつつ、首を左右に動かしては、キョロキョロと目的の人物を探すドミニクと、すっかり元気を失ってしまったテオが、さきほどより人気の少ないパサージュを歩いている。テオの利き腕にはドミニクの尻尾が巻き付いているので、テオはドミニクについて歩くしかない。
「不審者を見つけて追いかけました、とでも言えば良いじゃないか。――あっ、いた!」
「ちょっと待て、ドミニク」
「うぐっ!」
前方にエマの姿を見つけたドミニクが、彼女のもとへと駆け寄ろうと地面を蹴り上げた直後に、テオはドミニクの尻尾を掴んで、思いっ切り引き寄せる。するとドミニクは、前進しようとする慣性を押しとどめられず、石畳に両手をついて倒れ込む。そして、尻尾を消して立ち上がると、テオに向かって猛烈な怒りをぶつける。
「痛いじゃないか! 何するんだよ」
「シーッ! 彼女の前に居る人物を、よく見ろ」
テオが前方を指差しつつ、声のボリュームを落すように囁くと、ドミニクは憤慨する気持ちを静め、その指の先に立つ人物エックスに注目しながら囁き返す。
「あの手水鉢に湧く水苔みたいな色の詰襟を着てるのは、教団のお偉いさんだな」
「常盤色とでも言え。どうも様子がおかしいと思わないか?」
遠巻きで声は聞こえなくとも、軍服老人の詰問がエマを困惑させているさまが見て取れる。
「うん。たしかに変だね。偏屈な爺さんが若い娘をつかまえて、何かイチャモンを付けてるようにしか見えない」
「そこまで穿った見かたをしなくても良いけど、ただならぬ気配を感じるよな」
「あぁ。で、どうしようか? さっき貰ったオレンジでも投げつけてみる? ちょうど二つあるんだ。髭に当たったらストライクってことで」
「真面目に考えろ。というか、どこでオレンジを貰ったんだ?」
「さっき、青果ブースに寄ったときさ。君が熟女客に囲まれて往生してるあいだに、店のおじさんから」
「僕が行き詰ってるときに、そんなことをしてたのか」
「商人は、機を見るに敏だからね。ビジネスチャンスを逃さないのが、僕のモットーとするところさ。――せっかくだから、一つ預けておくよ」
「はいはい、ご高説、ごもっとも。――とりあえず、半分預かっておこう」
ドミニクはスラックスのポケットからオレンジを二つ取り出し、一つをテオに手渡す。テオは、それを受け取りながら、脳内で作戦を練りはじめた。