036「お花屋さんごっこ」
「今はおつかいで、余分なお金は持ってないのよ」
「お金の心配なら、いらないわ。フルーレットの看板娘ことアデリーから、美人なあなたにプレゼントしてあげるから。まぁ、遠慮せずに寄ってらっしゃいな」
蜂蜜の瓶を持ったまま店先で立ち止まるエマを、アデリーと名乗る青髪青目の快活な少女は、有無を言わさぬ調子で手を引いてブース内へと誘導する。中には、アレンジメントされた小さな花かごが、清潔そうなレースのクロスが掛けられた台の上に所狭しと並べられている。使われている花は様々だが、どれも変わらず、オレンジが基調とされている。
「素敵なお花ね。どれもこれも、みんなキレイだわ」
「ウフフ。そうでしょう。この日のために、手塩に掛けて育てた自慢のお花たちだもの。どれを選んでも、損は無いわ。どれにする? どれが良い?」
「でも、悪いわ。タダでいただくのが、もったいない」
「そんなことないわよ。美人にさらなる華を添えられたら、このお花たちだって喜ぶわ。迷って決められないなら、ここからここまで、全部持って行ってもらうわよ?」
そう言って、アデリーが肩幅に手を広げて台に置くと、エマは、その範囲の中央にあるガザニアとガーベラの花かごを手に取って言う。
「そんなにたくさん持って帰れないから、これをいただくわ。でも、ホントにもらっちゃって良いの?」
「いいの、いいの。咲き誇ってるうちが花だもの。大事にしてあげて」
「それじゃあ、遠慮なく。ありがとう、アデリーさん」
「どういたしまして。まいどあり~」
エマが会釈をして立ち去るのを、アデリーは花のような笑顔で手を振って見送る。
そして、エマの姿が見えなくなると、アデリーはフッと営業スマイルを消し、オニユリやグラジオラスの花かごを見るともなしに見ながら、ひとりごちる。
「恋する乙女はキレイなものね。口では遠慮しながらも、贈ってあげたい相手の顔が浮かんでるのが、一目でわかったわ。あ~あ。私も店番なんかしてないで、素敵な殿方を見つけに行きたいわ。――あっ、いらっしゃいませ!」
店先に、くすんだ松葉色の軍服を着たカイゼル髭の老人が現れたのを見たアデリーは、自然と言えなくもない笑顔をサッと浮かべ、看板娘としての役を演じはじめた。
この老人は教団のお偉いさんなのだが、それについては、この先の話で説明しよう。