030「西の画家より」
「数日ぶりに会って、確信してしまったんだけど……。あっ、でも。やっぱり言わないでおくわ」
ベッドサイドから立ち上がろうとするエマに、マリーは、そっと肩に手を乗せて制止をかけると、安心させるように、ゆっくりと落ち着いた声音で言う。
「大丈夫。私は、エマの味方だから。何を訊いても、その考えを変える気は無いわ。だから、お願い。包み隠さず話して」
マリーに、ひたむきな視線を向けられたエマは、中腰の姿勢からベッドに腰を落とし、まとまらない複雑な思いを脳内で整理しつつ、ポツポツと語り始める。
「正直に言って、何度もアランさんに相談しようと考えたのよ。胸のうちに秘めておくには、あまりに無視できない大きさだから。でも、世代も性別も違うアランさんに、はたして、私の気持ちが伝わるだろうかと思って。あっ! 別に、アランさんが悪いわけじゃないのよ。ただ……」
「やっぱり、こういうことは同性のほうが良いと思ったのかしら?」
言葉に詰まったエマに、マリーが接ぎ穂を足すと、エマは小さくコクリと頷き、話を再開する。
「何でも言ってほしいって言われてるんだけど、変な心配をかけたくなくて。そうでなくても、いろいろとご厄介になってるのに」
「いいのよ、別に。エマくらいの年頃なら、子供から大人への過渡期で、何かと戸惑うことが多いものだから。器用に適応できなくて、周囲を困らせたとしても、全然不思議なことじゃないわ。まぁ、いい歳して未だに迷惑をかけてる側の私が言うのも、チャンチャラおかしな話だけどさ」
陰鬱な空気を晴らそうと、マリーが自虐を付け足すと、エマはクスッと失笑してから、いつものスマイルを取り戻しはじめる。
「それを聞いて、少しは気持ちが楽になったわ。ありがとう、マリー」
「どういたしまして。で、気分が快復してきたところに水を差すようだけどさ。ちょいと、意地悪な質問をするわね。いいかしら?」
「どうぞ。なんですか?」
「その前に確認するけど、エマは魔女で、テオっていうハンサムボーイのことが気になってるのよね?」
「えぇ、そうよ。もう、この際だから隠さずに言っちゃうけど、その通りで困ってるのよ。魔女修業中は恋愛は御法度なのに、駄目な魔女でしょう?」
「そんなことないわよ。むしろ、人情味があって素敵じゃない。――それで、もしも、の話ね。あくまで、これは仮定なんだけどさ」
マリーは、人差し指を立てて念を押してから、エマに残酷な問いかけをする。
「仮にテオが、教団の騎士か、ないしは、その息がかかった訓練学校の学生だとしても、その恋心は揺らがない自信があるのかしら?」
「えっ! テオくんは、教団の騎士なんですか?」
エマが素で驚いた表情をすると、マリーは幼子に数や字を教えるかのように、もう一度、話をおさらいしてみせる。
「だから、もしもの話だって。実際のところは、私も知らないわよ」
「あっ、そっか。う~ん。想像つかないわ。とても、そういう人には見えないもの」
「見た目に騙されちゃダメよ、エマ。騎士たちが、いつもいつも『我こそは教団の騎士でござい』なんて恰好をしてるとは限らないじゃない。街中では騎士だと分からない恰好をしていて、魔女を見つけた途端に本性を顕わにして狩りにかかるのかもよ? 向こうは組織立ってるものなんだから、油断大敵だわ」
「そうかしら?」
「そうよ。ハイエナの群れには、気を付けなきゃ」
「せめて、オオカミにしてあげてよ、マリー」
「それもそうね」
マリーとエマが、顔を見合わせてクスクスと笑っていると、二人がいる部屋のドアの向こうから、ノックの音と舌足らずの幼い声が聞こえてくる。二人は、どちらからともなく立ち上がると、廊下に向かって早足で歩いて行った。