029「最後に何を言いかけた」
「もう眠たいよ、テオ」
「勝手に寝ればいいだろう、ドミニク」
それぞれのベッドで、ドミニクとテオの二人は、足元に毛布をかけた状態で上半身を起こして話している。
前をボタンで留めるタイプで襟のあるパジャマを着ているテオは、丸イスの上に燭台でロウソクを灯して本を読み耽り、丸首のカットソーを着たドミニクは、その肩を揺すりながら言う。
「僕の神経は繊細だから、明るいと寝付けないんだぞ?」
「嘘をつけ。この前の対魔術学概論で、燦々と日光が降り注ぐ中でグースカ寝てたじゃないか。この本は、明日までに返さなきゃいけないから、なるべく今夜のうちに読み進めたいんだ」
そう言って、テオが再び二段組の活字の上に視線を落とすと、ドミニクは、同じページを横から覗き込む。
それから数十秒ほどしてテオがページをめくると、ドミニクは「アッ!」と小さく反応してから文句をつける。
「まだ読めてないのに」
「勝手に読むな。読みたきゃ、明日の夕方にでも、自分で借りろ」
「いいじゃないか、ちょっとくらい待ってくれたって。ポエマーのくせに、生意気だぞ?」
「誰がポエマーだ。僕が、いつポエムを発したというんだ?」
「知らないと思ってるだろうと思ってるから言うけど、僕が枕に顔を押し付けてギリギリまで惰眠を貪ってるあいだに、窓辺で小鳥や朝露に挨拶してるよね?」
「デタラメを言うな。夢と現実を間違えてるぞ」
「証拠なら、テオのボストンバッグの中にもあるだろう? 知ってるんだぞ。報われぬ愛の切なさを綴ったノートがあることくらい」
「おい、ドミニク。貴様、いつの間に、僕のバッグを漁ったんだ?」
スピンを挟んで本を閉じ、テオが氷の矢で射貫くような冷たい視線でドミニクを睨むと、ドミニクは「しまった!」とでも言いそうな様子で、視線を天井へと泳がせながら、上ずった声で言う。
「いやぁ、その~。アレだよ。なんとなく、そういうことをしてるんじゃないかなぁ、という予想であって、実際に見たわけでは。――ギャオッス!」
「リスのくせにタヌキ寝入りするわ、勝手に他人の荷物をのぞき見するわ。これは、許しがたい所業に鉄槌を下さねばなるまい?」
「ヒイッ。いつも起きてるわけじゃないし、全部読んだわけでもないから、許して」
テオは、左手でリス耳を一度、軽くピッと引っ張ると、唇を歪めて片方の口角をつり上げながら、薄く笑って言う。その表情は、仄暗い燭台の揺らめく光に照らされ、顔面の造形の良さも手伝ってか、どことなく悪魔のように見える。
ドミニクは、そら恐ろしいさまのテオを見まいとして、ギュッと目を閉じて待つ。が、いくら待っても何も起きないことに疑問をいだき、薄目を開ける。すると、その先にテオの姿はなく、燭台の明かりも消されているのに気付く。
「誘導されちゃ敵わないから、僕に鎌をかけるのは、やめてくれ、ドミニク」
暗闇に、テオの囁くような優しい声音が響くと、ドミニクはホッと安堵の息をもらしながら、同じように囁き返す。
「尋問には向かないね、テオ。犯人に同情して逃がしそうだ」
「自白を強要して、冤罪を認めさせそうな誰かさんよりは良いだろう?」
「はいはい、僕が犯人ですよ。あ~、今日は長い一日だった。テオは良いよな。イザベルさんにエマちゃんに、選びたい放題じゃないか」
「前者は、ともかく。後者は、どういう意味だ?」
「雪が融けて春が来たのさ。わからないのかい、鈍感ボーイ」
「まったくもって、理解できないな。説明を……。おーい、ドミニク。そら寝をするなよ。……ドミニク?」
テオが語尾を上げて言うと、ドミニクは返事代わりにスースーと寝息を立てはじめる。
「起きてるかと思えば寝てるし、眠ってるかと思えば覚めてるし。本当、はた迷惑な奴だな。解決する前にフェードアウトしたせいで、気になって、僕のほうが眠れないよ」