002「北国の騎士」
少年の出立は、しとしとと降り続く雨が立てる陰気な音と、鬱蒼と林立する白樺による閉塞感に見舞われた。
「嫌な天気だな。訓練学校へ行きたくないっていう、僕の心を読んだかのような空模様だ」
ビロード張りのイスに座りつつ、少年は馬車の外を眺め、重いため息を吐きながら落胆した様子で呟く。すると、少年の横に座っている燕尾服を着た白髪頭の紳士が、まるで小さな子供を叱るように、じゅんじゅんと説教を垂れる。
「もう十八歳なのですよ、テオさま。そのように年端もいかない子供のようなワガママを言わず、そろそろ、次期当主としての自覚をお持ちになってください。ノブレス・オブリージュの精神ですぞ」
テオと呼ばれた少年は、不貞腐れたように口をへの字に曲げながら、窓の外から紳士に視線を移して言い返す。
「自覚なら持ってるさ。騎士の名家に生まれた以上、貴なる者の務めは果たさざるを得ない、と言うのだろう?」
「さようでございます。その名を全国に轟かせる優秀な旦那さまの一人息子として、どこへ出ても恥ずかしくないよう、身体を鍛え、教養を磨き、道徳を学び、しかるのち」
紳士が立て板に水とばかりに、次から次へと年寄りじみた小言を繰り出しはじめると、テオは話の途中に両手で耳を塞ぎながら発言を遮る。
「わかったから。それ以上、僕にプレッシャーをかけないでくれ」
「失礼いたしました。重責を感じてらっしゃるのでしたら、それで結構でございます」
執事が口を噤むと、テオは再び窓の外に視線をやる。
「誰でもいい。進学する機会を譲れるなら、喜んで渡したい」
薄暗く雨水が滴る窓には、憂え顔の少年の姿が映っている。
そうして気まずい沈黙を保つこと数十分。二人は、客車を牽く蒸気機関車が待つ駅に到着する。
「間に合えば駅で見送りくらいは、と言っていたくせに。結局、最後まで来なかったな」
「仕方ありませんよ、テオさま。旦那さまも奥さまも、お忙しゅうございますから」
「まったく。今度は聖誕祭まで会えないというのに、薄情な親だな。――それじゃあ、行ってくるよ」
「ボン・ボヤージュ(良い旅を)」
真新しい本革のボストンバッグを片手に、テオは重い足取りで汽車へと向かう。紳士は、その後ろ姿を、どこか寂しげな目で見送るのであった。