027「家庭用、市民用、教団用」
「なぁ、ミントアイス」
「なんだ、緑茶アイスのビスキュイ添え」
「僕の耳は、サクサクしてない」
「僕の髪だって、食べてもスースーしない」
誰もいない会議室のような狭く簡素な部屋で、ドミニクとテオの二人が、テーブルにうずたかく積まれた案内状を、指にはめた細竹で丁寧に三つ折りにし、その横に積んである封筒に詰め、糊を掬ったヘラで封をする、という退屈な行為を繰り返している。
部屋の中には、どこかよどんだ空気が支配していて、二人の顔には、単純作業に飽きてきたのもあり、疲労の色が浮かんでいる。
「で、何の用なんだよ、ドミニク?」
「何でもないよ、テオ。ただ、沈黙に耐えかねて言ってみただけ。――どのくらい進んだかな」
ドミニクは、ざっくりと封をした手紙を数えると、まるで肺の底から酸素を出し切るかのような深いため息をつく。
「まだ半分も終わってないのかよ。今夜は、ゆっくり寝られそうにないな」
「口じゃなくて、手を動かしてくれ」
「手も動かしてるさ。口も八丁、手も八丁」
重苦しい雰囲気を一掃しようと、ドミニクが軽い冗談を飛ばすと、テオは聞こえないフリをしながら、無視して作業に没頭する。ドミニクは、そんなつれない態度をものともせず、さらにテオに話しかける。
「あのさ。僕たちみたいなはみ出し者がいなかったら、この雑用は、暇な上級生がやるのかな? それとも、階級の低い教官か?」
「知らない。僕を、はみ出し者にカテゴライズするな。君とは違う」
「自分自身を客観視できるとでも言いたいのか?」
「いや、そうじゃない。あくまで僕は、君に横車を押されただけだ」
「口車に乗るほうも悪いと思うけどなぁ」
ニヤニヤと口元を緩ませながら言うドミニクに対し、テオは何か反論しようと口を開きかけたが、声を発することなく唇を引き結び、出来上がった封筒を数え、二十通あることを確かめてから細い麻紐で十字に括る。
「これは僕の勝手な予想なんだけどさ。もしも僕たちが大人しくしていたら、おそらく、講義を最前列で聴いてる、真面目だけど要領が悪くて成績がいまひとつな気の弱い奴に押し付けるんじゃないかと思うんだよね。どうだい?」
「いやに具体的だな」
「実例があるからだよ。ほら、いつも最前列に座って熱心にノートを取ってるけど、教官の質問にトンチンカンな受け答えをする奴がいるだろう?」
「まぁ、心当たりはあるな。それにしても、ずいぶんな言いかたをするんだな、ドミニク」
「同級生だからって、無条件に好感を持って応じることも無いだろう、テオ。幼年学校や上級学校までは、みんな一緒に手に手を取って仲良しこよしで良いかもしれないけど、この歳になったら、友だちは選ぶべきだと思うな。どうせ、一年か二年の付き合いなんだからさ」
ドミニクが珍しくドライに言い切ると、テオは作業の手を止め、ヘラで糊付けしているドミニクの顔を見ながら言う。
「僕とも、卒業するまでの仲なのか?」
ただならぬテオの真剣味のある言葉に、ドミニクも作業の手を休め、マリンブルーの瞳を褐色の眼で見つめ返しながらハッキリと言う。
「テオは特別さ。僕としては、君とは、どちらかが墓に入るまで親友でいたいと思ってるよ。甘い物は別腹なのと一緒だな」
「えっ。この関係が、生涯続くのか?」
「嫌なのかい?」
「嫌ではないけど、う~ん」
悩んでいるテオを放置して、ドミニクが新たな案内状を折りはじめると、テオは考えるのを保留して、折った案内状を封筒に入れ、左手でヘラを握った。