026「家族用、配布用、保存用」
「あっ、マーマレードだ!」
「ホント。さっき絞った皮は、マーマレードになったのね」
細長く刻んで砂糖で煮詰めたオレンジの皮を、アランがせっせと瓶の口いっぱいまで詰めては蓋をして逆さに並べていると、甘い香りに誘われるように、クロエとエマが姿を現す。
「そろそろ謝肉祭の準備をしないといけないからね。さっきのジュースは、その副産物さ」
「南瓜のパイと人参のクッキーも忘れないでよ、パパ」
「はいはい。祭りの当日には、ちゃんと作ってあげるよ」
「絶対よ、パパ。覚えておいて」
クロエがアランに念を押し、その父娘の対話をエマが微笑ましげに見守っていると、見覚えのある奇抜な紫髪と個性的なガウンを着たマリーが、カウベルを鳴らしながらドアを開けて入店し、愚痴をこぼしながらカウンター付近の三人へと近寄る。
「まったく。風紀を乱してるのは、教団のほうじゃないか。私が、何をしたっていうんだ」
「あっ、マリー!」
「こんにちは、マリー」
「ずいぶんと、ご立腹だね。ジャスミンティーでも淹れようか?」
三者三様の反応を返されてマリーは、それに一括で応じる。
「クロエ、エマ、こんにちは。――どっちかっていうと、今はローズマリーの気分なんだけど、……あっ、マーマレードを作ってたのね。私の分は?」
鼻をスンスンと鳴らしながら、マリーは布巾の上に上下逆にして並べてある瓶に顔を近付け、そこから漏れ出ている香りを嗅ぐ。アランは、その様子に片眉をつり上げて不快感を示しつつ、マリーに言う。
「多めに用意しておくから、祭りの当日まで待ってくれ。行儀が悪いから、そういう真似はしないでくれないか? クロエに伝染する」
「私は病原菌じゃないわよ。――エマ。あなた、いま暇かしら?」
アランにツッコミを入れたあと、マリーはクルッと身体ごとエマのほうを向き、質問を投げかける。エマは、急に話を振られてドキッとしつつも、平生を装って答える。
「えぇ。ちょうど、休憩してたところよ」
「良かった。それじゃあ、ちょっと上でお喋りに付き合ってよ。ガールズトークに花を咲かせるたいの」
「あっ、はい」
「私も、お二階に行く!」
「クロエには、まだ早いわよ。ここに座って、足が床に届くくらいになってからでなきゃ」
「えぇ~。クロエもお話ししたい!」
テーブル席のイスを引きながらマリーが言うと、クロエはマリーのガウンの裾をつまんで左右に揺らしつつ、駄々をこねる。エマは、クロエの脇の下に両手を差し込んで持ち上げると、カウンター席に座らせて言う。
「ここでアランさんと一緒に良い子にして待ってたら、あとで、どんなお話をしたか教えてあげるわ。できるかしら?」
「ムゥ。しょうがないな。手短に済ませてね?」
年齢に不相応なマセた口をきくクロエに対し、三人は思わずクスッと笑いをこぼす。そしてエマは、にやける口元に片手を添えつつ、クロエに小さく約束する。
「すぐに戻ってくるわ。――じゃあ、お願いします」
「あぁ、任せなさい。――マリーも、あまりエマを一方的な長話に付き合わせないように」
「わかってるわよ。――それじゃあ、行くわよ」
「はい」
アランに釘を刺されたマリーは、不貞腐れたように返事をしたあと、エマのほうをチラッと見てから、奥の住居スペースへと向かう。エマは、アランに軽く会釈をしてから、その足早に歩き去る後ろ姿を追いかけていくのであった。