023「混戦模様」
「フィアンセってなぁに?」
沈黙を破ったのは、状況を飲み込めていないクロエである。アランは、カウンターの奥からホールに出てくると、クロエを抱え上げて住居スペースへと移動しながら言う。
「その説明は、二階でしてあげよう。――込み入った話になりそうだから、ちょいと席を外させてもらうよ。すぐに戻るから」
「あっ、はい」
エマが短く返事をすると、アランとクロエは、そのままその場から姿を消す。二人が見えなくなってすぐに、気まずい無言に堪え切れなくなったドミニクが口を開く。
「立ち話もアレだから、とりあえず、そこに座ろうじゃないか。僕は、ココにするよ」
ステンドグラスに照らされたテーブル席にドミニクが座ると、私も、僕も、と三人が続けて座る。ドミニクの隣がエマ、エマの向かいがテオ、テオの隣がイザベル、そして、イザベルの向かいはドミニクという並びだ。
「それじゃあ、話を整理させてもらおうかな。まず、テオと、それからイザベルさんは、以前から親しい間柄だってことで良いのか?」
「えぇ。テオとは、物心つく前から、固い絆で結ばれてますの」
「親同士の仲が良いから、しょっちゅう顔を合わせる機会があっただけだよ。さっきの宣言だって、幼年学校に通う前に僕が言ったことを、真に受けてるだけさ」
「殿方に二言は無くてよ。約束は、必ず守っていただきます」
「判断能力の無い子供時代の口約束に、履行する義務は無い。いい加減、諦めろ」
「まぁ、ひどい。乙女心に傷が付きましたわ」
「ひどいのは、そっちだろうが」
ヒートアップする青髪二人を、ドミニクがクールダウンさせ、エマに話を振る。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。――エマちゃんは、二人はどういう仲だと思う?」
「そうねぇ。幼馴染には違いなさそうだけど、イザベルさんが重い愛を伝えてくるのを、テオくんは嫌がってる様子ね」
「うんうん。僕も、それには同感だね。イザベルさんがテオの婚約者だっていうのは、一方的な自称でしかなさそうだ」
「自称じゃありませんわ」
「いいや、自称で合ってる。僕は、一度も認めた覚えはない」
イザベルとテオが、再び噛み合わない主張を言い争いはじめたとき、テラス席のほうから赤毛の少年が駆け込み、テオに向かって怒号を発する。
「見つけたぞ、蛇革野郎! もう、逃がさないからな」
四人は、一斉に声のするほうに振り向く。イザベルは割れんばかりの大声に顔をしかめ、テオは厄介そうに眉をひそめ、ドミニクはやれやれと言いたげに肩を竦めて首を振り、エマは顔をこわばらせた。