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021「お嬢さまに遭遇」

「いっぱいオマケしてくれたね、エマ」

「そうね、クロエちゃん。ここのパンは美味しかったって言ったら、喜んでたわね」


 パンパンに膨れた紙袋を抱えつつ、クロエとエマはパン屋を出る。二人の背後である店内では、商品であるバゲットと同じような腕を持つ婦人が、天板に載せたブリオッシュ生地を、せっせとかまどに入れている。


「まぁ、たっぷりと世間話にも付き合わされたんだけど。冷めるといけないからと言って切り上げなかったら、エンドレスだったわ」

「ん? 何か言った、エマ?」


 頭上に優美な曲線を描きながら広がる鉄骨のアーチを見上げながら、ボソッとエマが本音を漏らすと、クロエは不思議そうに首を傾げながら質問する。エマは、すぐにクロエに顔を向けながら、小さく横に首を振って答える。


「ううん。何でもないのよ、クロエちゃん」

「ふ~ん。――あっ、そうだ。さっきの話だけど、ホントに妖精さんが綺麗にしてくれたの?」

「あぁ、あの話ね。そうなのよ。私は、妖精さんとお友だちなの」

「いいなぁ。私も、妖精さんに会いたい」


 そう言って、クロエは澄んだ瞳を輝かせながらエマを見つめる。対するエマは、魔法でキレイにしたことを伏せなければならないことを心苦しく思いつつ、眉をハの字に寄せて困惑した表情をしながら、申し訳なさそうに言う。


「う~ん、それは難しいわね」

「どうして?」

「だって、妖精さんはとっても恥ずかしがり屋さんだから。きっと、いきなりクロエちゃんに会ったら、ビックリしちゃうわ」

「そっか。ありがとうって言いたいけど、それじゃあ仕方ないわね」


 クロエが「しぶしぶ」という言葉を顔に浮かばせているような苦い表情をすると、エマは励ますように声のトーンを上げて言う。


「ガッカリしないで。私から、クロエちゃんが御礼を言ってたわって伝えておいてあげる」

「ホント! 忘れちゃイヤよ?」


 いま泣いた烏が、もう笑う、というほどズル賢くないが、クロエが落ち込みから一転して咲き誇る花のような笑顔になると、エマはホッと安堵の表情を浮かべる。

 しかし、それも束の間の喜びで、クロエに気を取られていたエマは、角から歩いてきた青髪の少女とぶつかる。肘鉄砲を不意打ちされたエマが、袋を持たないほうの手で脇腹を押さえてさすっていると、ぶつかった少女は、腰に片手を当てて顎を上げながら、甲高い声で高飛車に言う。


「もう。どこ見て歩いてるのよ!」

「ぶつかったのは、お姉さんのほうじゃない!」


 エマが謝ろうと口を開く前に、クロエがムッと口を尖らせながら言い返す。


「まぁ、なんですか。この私が悪いっていうの? これだから、庶民は物分かりが悪くて嫌ね」

「私は、間違ってないもん!」


 厭味(いやみ)ったらしく高慢に振舞う少女に、ポコポコと頭から蒸気を発するかのようにクロエが反論すると、エマも少女に負けじと加勢する。


「たしかに、お家柄は立派そうね。でも、あなたは何が出来るの? 口ばかり達者でも、どうせ、お魚ひとつ満足に捌けないんでしょう?」

「おあいにくさま。私は、シェフだってパティシエだって、一流の人材を雇えますの。この白魚のような手を汚す必要ないのよ」


 手袋を取り、キズ一つないビスクドールのような手を見せながら、少女は得意満面に言う。すると、騒がしい声を聞きつけた婦人が、片手に製菓用の麺棒を持って三人の前に現れる。


「どこの公女さまか存じませんけど、往来で喧嘩しないでちょうだい。手袋を投げるにしたって、マナーってものがあるでしょう?」

「あら、ごめんあそばせ。そうね。ここで口論をするのは、はしたないわ。場所を変えましょう。ついてらっしゃい」


 そう言って、少女はハイヒールをつかつかと鳴らしながら、早足で歩いて行く。それを、パタパタと小走りでクロエが追いかけて行ったので、エマはパン屋の女性に軽く会釈をしてから、見失うまいと走って、その場をあとにした。

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