020「おにごっこ」
「毎回、この店で変装する必要があるか?」
「気落ちしそうな地味な制服より、こっちのほうがワクワクするだろう? 冒険には装備がつきものである」
ブティックから出てすぐのショーウィンドウの前を歩きながら、気恥ずかしげに顔を伏せるテオと、のんきに構えるドミニクが会話している。テオはパイソン柄の革ジャンを羽織り、ドミニクはサイケデリックな極彩色のボレロを羽織っている。ドミニクに関しては、その服装も相まって、今にも闘牛士のように踊り出さん勢いである。
「それにしても、ジッと見ていると頭がおかしくなりそうなカラーリングだな。あんまりバタバタ動かないでくれ」
「そう嫌がるなよ、テオ。これ以上なくクールだろう?」
見せびらかすように、視界でヒラヒラと動き回るドミニクに業を煮やしたテオは、左右に揺れる尻尾の動きを予測してむんずと掴むと、それを力任せに引き寄せる。すると、ドミニクは煙とともに尻尾を消し、尾てい骨のあたりをさすりながら猛抗議する。
「動物虐待、はんたーい。リスは保護されるべき存在であるぞ!」
「耳元でアジテーションするな。リスなら、大人しく団栗を頬に詰めて、胡桃でも割ってろ」
「無茶苦茶な命令だな」
「うるさいな。いい加減な演説には、ちょうど良いだろう。――オッと。失礼」
ドミニクの声の大きさに押されたテオが、距離を置こうと道の真ん中へ歩をずらすと、角から不意に現れた赤毛の少年と肩どうしをぶつける。テオが簡単に謝って通り過ぎようとすると、その少年はテオのジャケットの胸ぐらをつかんで持ち上げ、威嚇するように犬歯をむき出しにしてひと睨みする。そして、すぐに手を離して胸元の心臓の上あたりに張り手を飛ばすと、よろめきながらも体勢を整えるテオに対し、ドスの利いた高圧的な声で凄む。
「ぶつかっておいて、詫びの一つもないとは、どういう神経をしてんだ、コラ!」
「失礼と言ったのが聞こえなかったのか?」
「なんだと、偉そうに。それが、他人に悪いことをした人間の態度か!」
再び掴み上げようとする様子を悟ったドミニクは、二人のあいだに割って入り、煙とともに尻尾を出す。
「うおっ。なっ、なんだ、これは?」
少年が、突如として立ちのぼった煙を両手で払いのけると、そこに二人の姿はない。それも、そのはず。尻尾を出した直後、ドミニクは慣れた様子でテオの腕を巻き取ると、そのままパサージュを走って逃げたからである。
「クッ。逃げやがったな。どこへ行きやがった!」
少年は首を振って前後左右を見渡すと、苛立たしげに石畳へと唾を吐いてから、野生の勘を頼りに、当てずっぽうに駆けはじめた。