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019「かくれんぼ」

「魔法のかかりやすさには、個人差があるのか。あっ、血縁関係が近しいほど、魔力体が魔力原に反発しやすいんだ。アランさんと私は遠縁でも親戚だから、魔法がかかりにくいのね。なるほど」

 

 山羊の革で装丁された本を読み耽りながら、エマは一人で納得してる。すると、木製のドアを控え目にコンコンとノックする音がする。

 エマは、急いで本を閉じて口をベルトで止めると、立ち上がってベッドの下に置いているトランクを引きずり出して指三本分ほどの隙間を開け、そこへ本を差し込んで手早くトランクを閉めると、それを足で蹴ってベッドの下へと滑り込ませる。そして、涼しい顔をしてドアを開ける。


「あら、クロエちゃんだったの。お昼寝タイムは、終わり?」

「シーッ! ねぇ。エマって、お堅い口をしてる?」


 ドアの枠に両手を添え、どこぞの家政婦のように部屋を覗き込むクロエに対し、エマが何の気なしに話しかける。すると、クロエは立てた人差し指を口の前に添えながら声のボリュームを落すように促してから、左右をキョロキョロと確認しながら、おそるおそる小声で言う。

 それに合わせて、エマは腰を屈めて目線を合わせ、同じように囁くような調子で返す。


「口は堅いかってことかしら? だったら、その通りよ。秘密は守ってあげるわ」

「良かった。それじゃあ、お願いがあるんだけど。ちょっと、私の部屋まで来て」


 そう言うやいなや、クロエは返事も訊かないままエマの手を引き、廊下へと連れ出そうとする。エマは、それに合わせてクロエに先導させて歩き、二人は、窓辺にレースのカーテンが引かれ、ファンシーな猫のぬいぐるみが飾られている、少女趣味でコケティッシュな部屋に移動する。

 部屋に入った途端、エマはスンスンと小鼻を動かしつつ、ニオイの正体へと近付いていく。そして、発生源の前で足を止め、ブランケットをめくろうと腕を伸ばしつつクロエのほうを見て口を開こうとすると、クロエがエマの腕を遮りながら、我先にと早口で話し出す。


「聞いて、エマ。あのね。お池のほとりで、お魚さんと一緒に泳ぐ夢を見たの。それでね、お水の中は気持ちが良いなと思って起きたら、いつの間にか、ネグリジェとブランケットが水浸しになってたの。えっとね、それで、これは妖精さんの悪戯だと思うの。だから」

「落ち着いて、クロエちゃん。こういうことは、クロエちゃんくらいの歳なら、別に恥ずかしいことじゃないの。アランさんには内緒にしておいてあげるから、正直に自分がやったことを言ってごらん」


 噛んで含めるように、エマが落ち着いた口調で話すと、クロエは俯いて意味も無く人差し指どうしを突き合わせつつ、蚊の鳴くような声で白状する。


「……私がオネショしました」

「はい、素直でよろしい。それじゃあ、元通りキレイにしてあげるから、ちょっとのあいだ、お部屋の外で待っててちょうだい」

「ちょっとって、どれくらい?」

「う~ん、そうねぇ。クロエちゃんは、百まで数えられるのかしら?」

「数えられるわ」

「それなら、廊下にある柱の前に立って、ゆっくり一から順番に百まで数えててもらえるかな?」

「は~い」

 

 元気な返事とともに、クロエはパタパタと廊下へと駆けて行く。エマは、柱にもたれながら「いーち、にーい、さーん」とクロエが数え始めたのを確かめると、すぐにドアを閉め、胸元のペンダントを両手で包み込むようにして握り、囁くような声で詠唱する。


「ベントラカタブラ、カリフラクワバラ、エロヒムニラヒム。不浄の布よ、清潔になれ!」


 呪文をかけた途端、ペンダントを包む指のあいだから、ひと筋の強い光が放たれ、丸められたブランケットと、その中に脱ぎ捨てられたネグリジェに照射される。そのあいだ、エマは薄目でその様子を確かめている。

 やがて、ペンダントの光が消えると、エマはペンダントから手を離し、おもむろにブランケットを手に取ってベッドに広げ、続いて、その上にネグリジェを置くと、キレイに汚れが落ちていることを目視と手触りで確かめる。

 

「物にかける魔法は、問題なく使えてるみたいね」


 うっすら額に汗を浮かべつつ、エマはベッドの横にある猫脚のイスに腰を下ろし、広げた二点の衣類を畳み始める。すると、そこへドアをノックする音が聞こえる。


「もう、いいか~い?」

「もう、いいよ!」


 エマが返事をすると、心配そうな顔をしてクロエが部屋に入る。そのクロエに対し、エマがネグリジェの両肩部分を持って広げて見せると、クロエはパッと表情を明るくし、満面の笑みで駆け寄った。

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