018「無責任な変わり者」
あれから数日後。昼の陽光が差し込む訓練学校の講義室では、睡眠導入剤代わりになりそうな授業が行われている。
「エー、植物には、アー、食用と、オー、薬用に役立つ、ウー、有用なものと……」
黒板の前、教壇の上では、教卓の上に置いた経年劣化で黄ばんだ虎の巻を、老眼鏡を掛けた年配教員が、間延びした声で読み上げている。
そこから五メートルほど離れた席では、ドミニクとテオが、罫線の入った紙の上でペンを走らせている。すると、退屈したドミニクはペンをインク壺の中に戻し、左肘でテオの脇腹を突く。
「なぁなぁ、テオ。なぁってば」
「なんだよ、ドミニク。講義中だぞ?」
「真面目だな。ノートなんて、適当で良いんだって。どうせ、この手の教授は毎年、同じ問題を出してるんだ。適当に先輩を捉まえて、去年の試験を見せてもらったほうが手っ取り早い」
「また、そうやって僕をそそのかそうとする。もう、その手は食わないぞ」
「焼き蛤か。これでも結構、要領は良いほうなんだぜ? 成績は常にトップをキープして一年飛び級したし、ヤマが当たるから、試験の予想問題集で荒稼ぎしたこともある」
「年下だったのか。よく入れたな」
「まぁ、銭に物を言わせて入学した面は、否定しないけど」
「自分で言うなよ。ただし、素行に問題ありと、担任教諭欄にコメントされてそうだな」
「グッ。なんで分かるんだよ!」
「わからいでか!」
ピアニッシモのひそひそ話から、徐々に声のボリュームがクレッシェンドしてフォルテッシモに近付いたところで、教壇に立つ教員が、口髭の下に拳を近付けてわざとらしくゴホンと咳払いをしてから、二人のほうをチラ見して注意する。
「オー、関係のない私語は、アー、他の学生諸君の迷惑であるからして、エー、くれぐれも慎むように。――さて……」
再び、読経のように抑揚の少ない声が教室中に響き始めたところで、ドミニクは、テオの耳元に片手を添えて囁く。
「ここ数日、体罰上等の理不尽なしごきに耐えてきたじゃないか。そろそろ、ここらでガス抜きしようぜ?」
「アーアー、悪魔が何か言ってるー。ストレスで、幻聴が聞こえるようになったらしい」
右の小指を耳の穴に入れて塞ぎつつ、テオが平板なイントネーションで言うと、ドミニクは、何かを閃いたとばかりに獣耳をピンと立て、挙手をして発言を求める。
「先生!」
「であるからして、エー、これを本草学の大原則と、――何か疑問かね、君?」
「彼、体調が悪いみたいなんです。同じ部屋なのですけど、部屋まで連れてってあげても良いですか?」
「やれやれ。体調を管理するのも、オー、実力のうちだというのに。……好きにしなさい」
「はい! それじゃあ、失礼します」
大仰にため息を吐きながら嘆く教員を尻目に、ドミニクは手早く二人分のペンとノートを片付けると、それを適当にまとめて小脇に抱え、その反対側でテオに肩を貸しながら、ヨタヨタと講義室をあとにする。そして、引き戸を閉めて廊下に出たあと、そのまま寮へ向かって数歩足を動かしたところで、二人は立ち止まる。すると、声を押し殺したまま、ドミニクは上を向いて大口を開けて、テオは腹を抱えて俯いた状態で、クツクツと肩を震わせて笑い始めた。
このあと、二人は懲りずに、またしても街へとくり出すのである。そこで、これまでの人生で経験したことのない、予想外の出来事に巻き込まれるとも知らないで。