015「そのころ庭では」
「こっちがゼラニウムで、そっちはカモミールよ」
モフモフの尻尾を触りつつ、花壇の左右を指差してクロエが言うと、その横で膝を揃えてしゃがんでいるドミニクは、我を見よとばかりに咲き誇っている花を観察しながら、感心の声を上げる。
「へぇ。島にいたときとは、呼び名が違うな」
「なんて呼んでたの?」
「こっちはカミツレ、そっちはニオイテンジクアオイだよ」
「ニオイテン……」
「ニオイ、テンジク、アオイ」
「ニオイ、テンジク、アオイね。覚えたわ」
「早いね。それじゃあ、こっちは?」
「そっちは、カモ、ツ、……あれ、何だっけ?」
「ハハハ。忘れるのも早いや」
そう言って、ドミニクは尻尾を消しつつ立ち上がる。すると、クロエは手を左右に振って黒煙を追い払いながら、頬をリンゴのように膨らませて文句を付ける。
「もう。まだ引っ込めて欲しくなかったわ」
「容赦なく撫で回される僕の身にもなってよ。髪の毛と一緒で、ずっと触られるとくすぐったいし、引っ張られると痛いんだから」
「ちょっとくらい我慢してよ。私は、尻尾を出そうと思っても、出せないんだから」
「無茶苦茶な論理だね。別に、出そうと思って出すんじゃないんだ。隠そうとするのをやめると、自然と出るものなんだよ?」
「ん? どう違うの?」
必要条件と十分条件の差が分からないクロエが、小首を傾げながら頭上にクエスチョンマークを量産していると、ドミニクはテラスに移動しつつ、話題を変える。
「そういうツマラナイ話より、向こうに座って、もっと面白い話をしよう」
「面白い話って、なぁに?」
「それは、大人しく席について聞く姿勢ができたら、教えてあげる」
ドミニクがそう言うと、クロエはパタパタとチーク材のガーデンテーブルへと向かい、揃いのチェアに腰かける。すると、飛び石の方向に二つの人影を見つけ、大きく細腕を振りながら、元気いっぱいに呼びかける。
「マリー、エマ、こっちよ!」
飛び石伝いに歩幅を大きく歩いていた二人は、クロエの声を聞いてすぐ、揃って顔をテラスのほうへ向け、続いてカウベル付きのドアに向いていた足を転換させると、にこやかに笑みをたたえながら、クロエとドミニクが囲むテーブルへ歩き出した。