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013「正しいか正しくないか」

 木の薫りが漂うカントリー調にまとめられた部屋で、マリーとエマは、リーフ型のテーブルを囲み、女子会をしている。テーブルの上には、それぞれ異なるエッチングが施されたペアグラスに、半分ほどコーヒーが入れられている。


「このグラスも、手作りなの?」

「そうよ。結婚五年目のお祝いにと思って、ひと組で作ったんだけど、渡し損なっちゃってね。そういういわくつきだから、誰か他の人にあげるわけにもいかなくて」

「へぇ~、もったいないなぁ。こんな素敵なのに、どうして渡せなかったの?」


 片手でグラスの底のほうを持ち、窓から差し込む陽光に照らしながら、手首をひねって右へ左へと動かして眺めつつ、エマは何気なく訊ねる。すると、マリーは出窓に飾ってあるポトスの鉢植えをボンヤリと見ながら、それまでの弾んだ調子とは打って変わって、しんみりとした口調で語りだす。


「今から言う話は、他言無用だからね。特に、兄さんには知られないようにしてほしいんだ。良いかい?」

「はい。ということは、ひょっとして、贈る相手は、アランさんだったのね?」


 エマが、スッと真面目な顔をしながらも、好奇心を抑えきれない様子で訊き返すと、マリーは「ご名答」とでも言いたげな表情で、話を続ける。


「兄さんには、クロエに似た、クロエ以上に美人の妻がいたんだ」

「あっ。やっぱり、クロエちゃんはママに似てるんですね」

「そうよ。このままスクスク育てば、きっと人目を惹く女性になるわ。でも、そのせいで母親と同じ運命を辿らないかと、兄さんは心配してるの」


 マリーはテーブルに片肘を乗せて頬杖をつき、気だるげにため息を吐く。エマは、話の先に恐ろしいモノが潜んでいると予感しつつも、ゴクリと生唾を飲み込んでから、怖いもの見たさで続きを促す。


「アランさんの奥さんに、何か不幸な出来事があったんですか?」

「不幸というより、不運かしら。――ねぇ、エマ。飢えたハイエナの群れにトムソンガゼルを放り投げたら、どうなると思う?」

「う~ん。ハイエナの数にもよるだろうけど、いずれは捕まって食べられちゃうわね」


 エマは、顎の先に人差し指を添えつつ、眉根を寄せ、唇の下に富士の稜線を描きながら答える。すると、マリーは満足げに頷き、頬を支えていたほうの手の人差し指で、意味も無くグラスの縁をゆっくりとなぞりながら、たとえ話をすり替える。


「教団は女人禁制で、かつ保守的で因循姑息な体質をしているの。そこに、進歩的で人目を惹く美女を見つけた場合、連中が何を考えるかは、想像に難くないはずよ」

「うっ。イメージしたくないわ」


 苦い粉薬でも服用したかのように、エマがキッと顔を顰めると、マリーは何食わぬ顔で先に進める。


「過去に最愛の人が、魔女の冤罪をかけられて嬲り殺しに遭ってるのに、教団に好感を持てというほうが無理があるって話よ」

「ツライ記憶ですね……」


 そのまま「消してあげられたら良いのに」と続けかけ、エマは再び口を噤む。


「兄さんにだって、そのあとに縁談が無かったわけじゃないんだ。結婚の誓約だって、愛し合うのは死がふたりを分かつまでとしている。けど、だからといって薄情な真似をすることは出来ないって言って、みんな断っちゃったの。まぁ、それもこれも兄さんなりの正義ね。――正義の反対にあるのは、いつだって、もう一つの正義。別の人間に訊けば、別のことが正しいというわ。正義感は、あくまでも個人の経験による価値観にすぎないから」


 そう言うと、マリーはグラスに残ったコーヒーをグイッと一気に飲み干し、そのままグラスを持って立ち上がり、その場をあとにする。エマは、しばらく沈思黙考してから、おもむろにグラスを手に取り、ギュッと目を瞑りながら一気に飲み干すと、同じようにグラスを持ってマリーを追いかけた。

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