010「再会と名前」
「パンばかりだと、喉が渇くよな? よ~し、今度はコーヒーで一服しよう」
「さすがに、そろそろ帰らなきゃマズイよ」
カフェの飛び石の上で、ドミニクとテオが押し問答をしている。その手には、中身が半分ほど減った紙袋が握られている。
「平気だって。こっちには、交渉材料だってあるんだ。それに、われわれは、ボートを同じくする仲間である」
「一蓮托生か。戻ってから教官に怒られても、君にそそのかされたと言うからな」
「おいおい、それは無いだろう。自分だけ逃げようったって、そうはさせないぞ」
「のわっ。尻尾で腕を取るな」
水掛け論は、ドミニクの強引な手段によって決着がつき、二人はカウベルを鳴らしつつ、アランたち四人がいる店内へと入る。
「いらっしゃい。……おや? ずいぶんと、個性的なお客さまだ」
「あら、本当。旅の芸人さんかしら?」
アランが視線を上げて入口のほうを注目すると、マリーが振り返ってコメントする。そのあいだに、クロエがイスを飛び降りてパタパタとドミニクに駆け寄り、カウンターに一番近く、ステンドグラスから虹色の光が差し込むテーブル席へと、手を引いて案内していく。
「いらっしゃいませ! こちらのお席へどうぞ」
「ありがとう。泣きぼくろちゃんは、ここの看板娘さんかな?」
「看板娘? 私はクロエよ、リスのお兄さん」
「ハハッ。口が達者な子だね。僕は、ドミニクだよ。よろしくね」
ドミニクのあとに続き、テオはドミニクの斜向かいの席に座る。そして、ふとカウンターのほうへ視線を向けたとき、エマと目が合う。その刹那、テオは目を見開いて驚きながらすっくと立ち上がり、動揺を隠せない様子で声を震わせながら、エマに向かって話しかける。
「君は、あのときの……」
「あっ! そういうあなたは、あのときの……。えーっと、お名前は?」
「テオです。君の名前は?」
「エマよ。こんなところで、また会うなんて……」
互いに立ち止まって見つめ合い、途中で言いかけたまま、その先の言葉を淀ませる二人に、クロエを除く三人は、甘酸っぱいムードを感じ取る。そして、ひやかし半分にドミニクが茶化す。
「おっ、何だ何だ? そこはかとなく、色こいロマンスの香りがしてきたぞ」
「ロマンスって、な~に?」
「幼年学校生の君は、まだ知らなくていい話だよ」
「だからクロエよ、緑髪のお兄さん」
「僕は、ドミニク。緑髪のお兄さんじゃない」
クロエとドミニクが話しているのも気が付かない様子で、テオとエマは互いに掛ける言葉を探していたが、沈黙が続く気まずさから、無言のまま視線をそらしてしまう。
「おーい、お二人さん。ギャラリーに観客が居るのを忘れてないかい?」
ドミニクが再び茶々を入れると、テオとエマはハッと我に返った様子で、それぞれテーブル席とカウンター席に戻る。
このあと、アランとマリーが一つの提案をするだが、その模様は次話以降に持ち越そう。