009「煙に巻く」
「ゴマすりだって、処世術のうちさ。おだてて乗せて、気分をよくしたところで、こちらの要求を通してもらうんだ。ウィンウィンだろう?」
アール・ヌーボー調のガラスと鉄骨のアーチの下、商店のあいだにある大理石の道の上を、目がチカチカしそうな幾何学模様をしたポンチョのようなものを羽織ったドミニクと、手品師か漫才師が着そうな太いストライプのジャケットらしきものを着たテオが、並んで歩いている。
「よくもまぁ、あんなにペラペラとデマカセが出てくるものだな」
「商談に話術は付き物だよ。なんなら、詐欺師って呼んでくれても良いぜ?」
あまりの図々しさに呆れ気味のテオに対し、ドミニクは、いけしゃあしゃあと喜色満面でのたまう。
どうしてこうなったのか? 話は、半時間ほど前にさかのぼる。
テオのワイシャツの後ろ襟を尻尾で掴んで引っ張りながら、ドミニクはブティックに入り、挨拶もそこそこに店主の青年に相談を始める。
「こいつ、この通りハンサムなのに、オシャレに興味がなくてさ」
「もう逃げないから、尻尾を離せ。首が絞まる」
襟元の第一ボタンあたりを押さえつつ抗議するテオをよそに、店主はドミニクと会話を続ける。
「あら。素材が良いのにもったいないわね」
「でしょう? だけど、僕たちは、まだ若いから、なかなか洋服まで手が回らなくてさ。試着だけでも良いんだけど、お願いできるかな?」
「いいわよ。なんなら、着て帰っても良いわ。ちょっとだけ難があって、売り物にならないお洋服があるのよ。待ってて。すぐ持ってくるから」
店主がバックヤードへと姿を消したところで、ドミニクは不意に尻尾を消す。すると、ゼェゼェと荒い息をしながら、テオが文句を付ける。
「着替える必要があるか?」
「訓練学校の学生だってバレたら、何かと厄介じゃないか。騎士候補生が、こんなところで何してるんだって」
「ここまで来ておいて、バレるバレないも無いと思うけどなぁ。本音は?」
「タダより安い物は無い」
「さすがは、三代続く材木商のご子息ですな。損得勘定が早くていらっしゃる」
「どういたしまして」
「褒めてない」
そして、着せ替え人形のように何着も試着させられたあと、その中で最も大人しい洋服を選び、現在に至るというわけである。
「売り物にならないものでも、充分、着られるものだろう?」
「まぁね。織りキズや染めムラを気にしなければ、の話だけど」
「そんなところ、誰も見てやしないって。――あっ、そうだ。今度は、あのパン屋に行こうぜ。レッツゴー!」
「だから、襟を掴むなって」
それから数分後、店を出てきた二人は、腕にパンパンに膨れた紙袋を抱えていた。中には、形が悪かったり焦げてしまったりして売れなくなったパンが、上からはみ出さんばかりに詰め込まれているのであった。




