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侍と小町の短編集

寝太郎のぼやき

作者: 西向く侍

 最近、いろいろなことが順調である。順調に過ぎる。ぼくの人生においてここまでの成功を収めたことがあるだろうか? いや、ない。出ましたよ、反語表現。使うやついたんだな。ここにいた。

 学校も、仕事も行くのがつまらなくなったからやめた。

 ないかもしれない将来のことを考えるのも疲れたからやめた。

 できないかもしれない恋人のことを考えるのも疲れたからやめた。

 嫁も恋人もおらんし、もろもろの責任を放棄して、仕事を辞めた。

 理屈も何も抜きにして、つまらんことはせんようにした。いじめもつまらん。あくびをして仕事をしない上司もつまらん。他人から仕事を放り投げられる自分もつまらん。つまらんから辞めてみたところだ。案外やめてみたらやめてみたで自由の極致にあるのかと考えたけれども、やはりそうではなくて、自由であるが故に選択を迫られてしまい面倒くさいということを理解した。

 自由ゆえの不自由という、言葉とか概念は知ってたけど、実感はしたことがなかった。実感をした僕はいろいろと考えた。あのままつまらん生き方をしていたら、それなりの幸せを思いながら、望みながら、仕事に追われて生きていたんだろうと思う。

 ばいばい、ぼくの生涯年収。もしも、もしもの連続だよ。

 僕はね、剣道は上手だったと思う。そこらへんの奴には簡単には負けないし、負けるにしても競って負けていた。明らかな差というか、「あ、こいつには勝てねぇ」とかいう絶望感は持ったことがない。

 強かった。強かったからやめてみたことがなかったのが問題だ。誰かに叩きのめされていればよかったのに。高すぎるハードルは、飛び越えずに、くぐればよいのだ。ということを僕は理解していなかった。

 理解するのが遅い。遅すぎた。仕事を、学校をやめてみて、僕はこの世に誕生した。

 誕生したんだけど、そばには母はいないし、お産婆もいない。誰が僕に生き方を教えてくれるのか。なけなしの退職金を片手にどうしてみようかと考えながらぼーっと過ごす。

 元の職場の先輩が自殺したとかいうニュースが流れる。僕は僕が死ぬ前に仕事を辞めてよかったと思う。その先輩の電話番号が連絡先に残っていた。僕のことを気にかけてるのか、仕事の愚痴なのかよくわかんないけど、電話をくれてた。着信履歴も何個か残っている。僕にはだれも連絡しないから、履歴が長々と残っていた。電話帳の中身が目障りだから、覚えていたらつらいから、生きづらいから、訃報と同時に消していた。これってひどいかも? と思ったけど、生きづらいから消していた。明日も続くだろう一日を生きるために僕は薄いせんべい布団に包まった。生きれるところまで生きよう。そう思いながらいつも夜を過ごす。

 ああ、生き汚い! しかし、それが誇らしい!


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― 新着の感想 ―
[良い点] スラスラ流れるような文章で、はじめ、サリンジャーのライ麦畑を思わせたり、後、志賀直哉の城の崎にてのような悲壮感を思わせたり、それでも、ものにしているオリジナリティで、ぼやきが格言に変貌した…
2018/05/24 05:19 退会済み
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