99 好き嫌いと得意不得意
ノアの戦いは一部危ないところはあったが、概ね快勝といっても問題のない内容だった。
反省すべきところはあったが、いまは手放しに喜んでも問題はないだろう。
俺は先のノアのように危なくなるものがいないかと注意しながらシュラウドとリリスの戦いを見守っている。
「んふ、君みたいな娘は結構好みなんだな。謝ってオデの奴隷になるというのなら助けてあげないこともないんだな。」
リリスの相手は随分と気持ち悪いな。
台詞だけではなく口調や見た目など、様々な要素が相まってその気持ち悪さが強調されている。
「あらそう?私はあなたみたいな人は好みじゃないからお断りするわ。」
リリスはそんな視線や言葉を軽く受け流す。
「なら、力で屈服させてやるんだな!!」
リリスの相手は何も持っていない。いわゆる無手の状態だ。
そいつは両手を大きく広げてリリスに向かって突撃する。
「う〜ん、どうやって倒そうかと考えたけど、あれがちょうどいいわね。」
対するリリスは敵の倒し方を検討する余裕さえある。
彼女は槍を一旦地面に突き刺してその場に放置し敵と対峙する。
「お?諦める気になった!!?」
目を血走らせて、嬉々とした表情を浮かべるそいつはその体勢のままリリスに向かって突撃した。
「残念ながら、私は諦めの悪い女なの。あなたも私を諦めなさい。」
リリスは相手の勢いを利用し、敵を空中に放り投げた。
「オデの防御力は高いから、この程度なんてことないんだな。」
宙を舞いながら余裕の表情を見せる。
「そう?じゃあこれもプレゼントしておくわね。」
そこにリリスの槍が突き立てられた。
「いっーー、痛いけど、このくらいなら大丈夫なんだな。」
凄まじいやつだ。体に槍が突き刺さっているにもかかわらず、痛いですんでいる。
彼自身が口にしていた防御力が高いというのは本当のことだったみたいだ。
しかしーーーー
「あああああぁぁぁぁぁ!!?熱いんだな!!」
地面に着地すると同時に喚き始める。
彼が着地した場所は先程はノアと戦っていたスペラが何らかしらの魔法を使って地面を熱した場所だ。
一応だが、この熱は魔法によって生み出されたため、魔法ダメージ扱いだ。
確かに物理的防御力は痛みに対する体勢を含めても凄まじいものがあったが、魔法耐性はそれほどのものではなかったのかもしれない。
それかもしくは、体を焼かれる痛みになれていないのだろう。
そいつはすぐさまその場所から離脱しようと試みるが、、、
「あら?ダメじゃない食材が勝手に逃げちゃ。」
リリスがそれを許すはずがない
彼女は先程突き刺した槍を掴みその場所に敵をねじ伏せる。
リリスの力は凄まじい。
何せ継続火力で言えばスキルを使用して戦闘している俺よりも高いのだから。
そんな力で押さえつけられては動くことができるはずがない。
結果、そいつはその体を熱々の地面にこすりつけることになる。
「熱い!!熱いんだな!!早く話すんだな!!そうしたら許してあげるんだな!!」
此の期に及んでまだ上から目線の言葉を発するその男の体は、地面の接地面から徐々にやけどあとが増えていく。
「ダメよ。だってあなた、私の好みじゃないもの。」
若干理不尽とも言える理由で、助けを拒むリリス。
その目はどこか楽しそうだ。
リリスさん・・・・Sでしたか・・・
「悪魔!!この女は悪魔なんだな!!」
そういって笑うリリスを、男はそう表現する。
するとリリスはなおも楽しそうに、
「ええ、よく分かったわね。私は悪魔、あなたたち人間が忌み嫌う悪魔よ。」
そう笑った。
地面に這いつくばる男の顔が絶望したようなものになる。
「な、なんで悪魔が人間と一緒にいるんだな!!?分かったぞ!!そこにいるやつら全員悪魔だ!!悪魔の集団なんだな!!」
「ああ、残念だけど悪魔なのは私だけなの。で、どうして人と一緒いるかですって?それはあそこにいるタクミが私を受け入れてくれたからなの。」
頬を赤らめてリリスはそういう。
そんな顔してこっちを見られると少し目を合わせづらいからやめてほしいところだ。
「あ、悪魔を連れあるくなんてお前は何を考えているんだな!!とても人間とは思えないんだな!!」
恨みがましい目で、その男はこちらを睨みつける。
まるでお前がこいつをここに連れて来なければ、自分がこんなことになることはなかったと言いたげな様子だ。
「悪い人間がいるんだ。それならいい悪魔がいたって不思議じゃないだろ?俺からしたらそこにいるリリスはいい悪魔だよ。」
俺の本心だ。
悪い人間が裁かれるべきなら、いい悪魔が祝福されたっていいじゃないか。
リリスと初めてあったとき時、冒険者たちから追い回されている時も思ったが、この世界の人間は悪魔というだけで少し毛嫌いしすぎではないだろうか?
「だそうよ。彼にとって種族ってものは何ら関係ないんだと・・・大事なのは個人の意思だっていいたいみたいよ。」
「そ、そんなの認められないんだな!!あ、分かったんだな!!お前があいつの心を操っているんだな!!」
それしか考えられないというふうにその男は必死にそう主張する。
「別に何もしてないわよ。でもそうねぇ、彼の意思を尊重するなら、悪い子であるあなたは罰を受けるのは必至だったということね。諦めなさい。」
リリスは押さえつける力を強め、熱せられている地面を使い男を焼いていった。
まるで肉を調理するかのように、、、
あの、リリスさん。
できれば殺さない方向でお願いしますね。
◇
リリスとノアは見事敵を討ち果たすことに成功した。
だが、問題はシュラウドだ。
彼には全くといっていいほど戦闘能力が備わっていない。
シュラウドと戦っている相手が他の奴らと同じくらい強いと考えたら、彼に勝ち目はないのだ。
「ちっ、硬えな。何の金属を使ってやがるんだ。」
シュラウドの相手は短剣を器用に扱いシュラウドを一方的に攻撃していた。
その光景はもはや戦いと呼べるものではなかったのだが、俺はまだ助けに入るつもりはなかった。
シュラウドの耐久性はゴブリンが改造を施してくれたことによってそこそこ高いものになっている。
小さな傷をつけることが目的の短剣では、その守りを抜くことが難しい。
「やはり、自分では当てることはできそうにないですね。」
それに対してシュラウドは素手のまま応対している。
武器を持っていないのは俺の判断だ。
素人は下手に武器を持たない方が怪我をしにくいからだ。
今回、彼が用意した戦力は彼自身ではない。
シュラウドはあくまで自分の身を守っていればいのだ。
「それにしても、おめえも災難だよな。そんなに弱わいのに俺の相手をさせられてよ。」
「いいえ。そんなことはありません。タクミ様が決められたのですから、自分は役割を果たすだけです。」
「でも、おめえじゃ俺には勝てねえってもうすでに分かってるんだろ?」
「はい。自分では勝てません。ですので助けを求めることにします。」
「助け?」
男は俺のいる方向に目を向ける。
おそらく、俺があの戦闘に参加するのではないか?ということを考えているのだろう
しかし、それはハズレだ。
「ということですので、お願いしますね。」
「オッシャ!!俺ニ任セトケ!!」
シュラウドは今日、いつもと違う格好をしていた。
というのも彼の背中には大きなカバンが背負われていたのだ。
それは普段リアーゼが使っていたものとほぼ同じ大きさのもの。
収納が上手ければ人間1人くらいは普通に入ると思われる大きなカバンだ。
「な!!?ーーーって、ゴブリンかよ。驚かせやがって。」
そのカバンの中から出てきたのは工場で1人研究に勤しんでいるゴブリンだ。
今回、シュラウドとゴブリンはあるものを作ったのだが、戦闘技能が足りないシュラウドには使いこなせないということでゴブリンが試験運用も兼ねてついてきたのだ。
そしてその作品が、ゴブリンの全身を覆っている。
「では、おねがいします。」
「イクゾー!!」
「はぁ、子供の次は小鬼かよ。いや、喋るゴブリンはそれはそれで珍しいんだけどさ。」
やる気を失ったようにそう呟き、軽くゴブリンをあしらおうとする。
しかしーーー
「うおお!!?危ねえ!!」
ゴブリンがふるった腕を受け止める直前になり、回避することを選択した。
流石の勘だ。
あれの危険性を一度も見ないまま肌だけで感じ取ることができるなんて。
「ドンドンイクゾー!!」
ゴブリンは攻撃を回避されたその流れに乗って、体を前に推し進めて次なる一手を指す。
「ちっ、ゴブリンのくせに結構いいもの持ってんじゃねえか・・・」
男は今度は回避ではなく、受け流しを選択した。
逃げていても拉致があかない為、受け流しから反撃をしようと考えたのだろう。
その判断は正解だ。
「ットト、守ッテクレ!!」
「了解です。」
攻撃を受け流され、体勢が崩れたところに男が攻撃を加えるーーーー前に2人の間にシュラウドが割り込んだ。
彼は体を丸くして男の短剣を弾く。
シュラウドの体は今、持っている中で最高の素材をかたっぱしからつぎ込んだある意味至高の一品となっている。
彼自身の能力が生産系によっている為、戦闘力はお察しだが、その身に攻撃を受けるくらいなら問題なくできる。
この世界では、原則として攻撃力が防御力を突破しない限りダメージは発生しないのだ。
「なんかあれだな。今のシュラウド、メタルなスライムみたいだな。倒したら経験値いっぱいもらえそう。」
「何バカなこと言ってるの!!倒しちゃダメだよ!!」
冗談のつもりで呟いたのだが、隣で一緒にその戦いぶりを見ていたノアが真面目に受け止めてしまう。
こういう時、元の世界のネタが通じないのはちょっと悲しい気分になるよな。
「それにしても一進一退だな。っていうかこれ、シュラウドたちの方が不利じゃないのか?」
今のところ、ゴブリンが攻撃を加え、それを相手が受け流したりかわしたりして、敵の攻撃に対してはシュラウドがその身を盾に使って防いでいる。
いつまでシュラウドの体が持つかはわからないし、何かの手違いで攻撃を防げないことがあるかもしれない。
このままではいつか均衡が崩れてしまうのではないか?
「だよねー。あのゴブリンが着ている鎧みたいなやつ、結構性能はいいものっぽいんだけど元の能力差がねぇ」
ノアもそのことはわかっているみたいだ。
ここからどうするか。そろそろ自分たちも何か手を貸した方がいいのではないだろうか?
そんな視線をこっちに向かって送ってくる。
「なら、そろそろ私たちも参戦しに行かないかしら?1対1を展開するって話で同意はしたけど、別に破ってどうこうっていう話じゃないでしょ?」
「お、リリス。もういいのか?」
「ええ、あれ以上やったら死んでしまいそうだもの。」
あ、ちゃんと配慮してくれたんだ。てっきりあのまま殺してしまうものだと思っていた。
俺は別としてもこの世界の人たちは命を奪うことにそこまで抵抗はなさそうだったしな。
「そうだな。別にこいつらを倒すことが目的ってわけじゃないしサクッと行って終わらせよう。」
俺たちは未だに胃が痛くなるような攻防を続けているシュラウドたちの元に向かおうとした。
その時、
「侵入者の撃退をするのにどれだけ時間をかけるつもりだね!!」
怒鳴り声とともに、屋敷の玄関の扉が勢いよく開け放たれ1人の男が姿を現した。
丸々と太って運動には向かなさそうな体型で、身につけているものは素人目に見ても高価なものだと一目でわかるものだった。。
おそらく、こいつがこの屋敷の当主だ。
「ああよかった。今から会いに行こうと思っていたところなんですよ。」
俺はにこやかな笑みを浮かべてその男にゆっくりと近づいて行った。