98 精霊術師と召喚士
ピキピキと額に青筋を浮かべながら、ノアの相手ーー名をスペラというーーは腰のポーチからMP回復のアイテムを取り出しそれを口元に運んだ。
先の魔法で全体のおよそ半分のMPを消費してしまった為、それの補充だ。
「召喚士風情があんまり調子に乗らないでほしわね。わたしは魔法使い系の二次クラスで最も優遇されている精霊魔術師なのよ。貴女に万に1つも勝ち目はないわ!!」
精霊魔術師とは通常の魔法使いとは違い精霊魔法と言われる魔法を使用できることが特徴で、その威力は他のクラスのものより高く、そして全属性が扱えることからこの世界では優遇されたクラスである。
クラスは始めを除き全てランダムに決まるこの世界では、そのクラスについていることは魔法使いとして1つの名誉であるとも言えたのだ。
そんな自分が、魔法使い系のクラスの中でも最も使えないとされる召喚士なんかにいいようにされて、苛立ちを覚えているのだ。
「ふん!!精霊だったらボクだって、魔法どころか本人を呼べるもんね!!」
だが、そんな怒りをぶつけられてもノアはその態度を揺るがす様子はない。
「減らず口もここまでよ!!《雷魔法:暴雷》!!《大地魔法:避雷針》!!」
《雷魔法:暴雷》は威力は高いが制御が効かず、どこへ落ちてくるかわからない雷が発生する魔法、《大地魔法:避雷針》はそのランダム性を打ち消し狙った場所に雷を落とすことができる誘導魔法だ。
ノアの近くにいくつもの金属の針が立てられ、そこに向かって空から雷が落ちてくる。
威力で言えば先程の炎には及ばないものの、これでも十分な高威力だ。
まともに喰らえば動くことが難しくなるのは必至だろう。
「あ、上の方だけでいいよ。下のやつは放っておいても何かするというわけじゃなさそうだし。」
ノアは手に持った丸い物体にそう話しかける。
もうすぐ雷が直撃するというのに、それを機にする様子はなく落ち着いた口調で話している。
結論から言えば、ノアに雷が直撃することはなかった。
彼女の手に収まっていた球体が雷に向かっていったかと思うと、突如として消滅したのだ。
消え方は先の炎と同じ消え方だ。
それをみれば、同じ魔法使いなら嫌でも理解できる。
あの球体のせいで自分の魔法が届かないのだと・・・
「なるほど、その丸いのは触れた魔法を打ち消すのね。確かに、魔法使い相手ならそれを持っていればかなりの優位でしょうね。」
何が起こっているのかを見ることができ、それの突破口を見出しているスペラは少しだけだが余裕を取り戻す。
「そうだね。だいたいあってるよ。せいかーい!!なんてね」
再び手の中に戻ってきた球を掲げながらにこやかに答えるノア。せいしつをみさだめられたというのに、その自身はなおも揺らがない。
いや、むしろ先程より表情が明るいまであった。
「で、貴女の足元に避雷針が残っていることを考えると、2方向からの攻撃には対処できなさそうね。ならいくらでもやりようはあるわ!!《闇魔法:影移し》!!」
スペラがその魔法名を口にすると同時に、ノアとスペラの場所が一瞬にして反転した。
「えっ!?何これ!!?って、熱!!」
その場所は先程、シルフを撃退するための魔法が発動された位置であり、ここら一帯で一番高温になっている部分だ。
ノアは即座にその場から離脱する。
この場所は地面の熱によって暑くなっているため、仮に発動している魔法を打ち消したとして完全に冷え切るまでに時間がかかる。
そのため効果範囲から少しでも遠ざかる方が安心なのだ。
だが、そうやって熱から逃げようと自分に背中を向けるノアのを見逃すはずがない。
「《炎魔法:暴発》、《氷魔法:氷精の抱擁》!!」
2つの魔法の同時発動。
魔法の発動に必要な詠唱を無効化するスキルをとることのできる精霊魔術師だからできる芸当だ。
ノアの後ろからは炎が、目の前からは強大な冷気が襲いかかる。
これではいかに魔法を打ち消そうとも、もう片方が当たってしまうだろう。
「っと、やば!!?えーっと、、、」
突然迫ってきた2つの魔法に戸惑ってしまい、ノアは対応が遅れてしまう。
ここから2つの魔法を躱すことはできない。
「ふふ、これでチェックメイトよ!!」
慌てるノアを楽しく見守るスペラ。
「ノア、後ろは防げ!!前は俺が斬る!!」
「ーー!!?了解だよ!!」
とっさに後ろに向かって球体を投げる。
これでは目の前の冷気を食らうしかない。いや、元々どっちかは対応が不可能な配置だったのだ。
今更いっても仕方がないだろう。
目の前の冷気は、少し遠くから走ってきたタクミによって切り裂かれた。
ただ真っ二つにしただけのため、その威力の一部はそのままノアに突き刺さったりしたのだが、それでも十分助かった。
「いつも油断はするなって俺言わなかったっけ?」
剣を振り切った体勢のまま説教をするようにタクミが言った。
「むー、今回のは仕方ないんだって!!ボクが油断したんじゃなくて相手が強いの!!」
「そうか?じゃあ手伝った方がいいか?」
「それはいい、今ので大体溜まったから。」
手伝ってくれるのは嬉しいが、1人につき1人というルールの下自分たちは戦っているのだ。
タクミが戦闘に参加してしまってはルール違反になる。
そういう意思を込めてノアはタクミの申し出を断った。
攻撃を防いでもらった時点でそのルールは破っているとか、そもそもそんなルールを設けたつもりはないとか、タクミには言いたいことがあったりもしたがここは素直に押し黙った。
ノアが勝てると言ってるのだ。
そしてもう終わったとも・・・・それなら自分が手を出すべきではない。
彼はすぐにその場から離れて先程と同じように危なくなる仲間がいないかと目を光らせる。
「もう終わったですって!!?それは自虐か何かかしら?さっき助けてもらわなければ終わっていた貴女の。」
「そうじゃないよ!!やっと溜まったんだ!!精霊術師は高威力な魔法なだけあって溜まりが早くて助かったよ!」
そう言ってノアが掲げたものは先程まで魔法を打ち消すのに使っていた球体。
それはよく見れば始めの頃よりも禍々しさを増したような色をしている。
「何をーーーーー」
するつもりなのか?そう問いかける前に、スペラはその答えを手に入れた。
「さぁ、全部吐き出しちゃっていいよ!!」
ノアの言葉に反応するかのように、その球体がカタカタと震え、そして中程から裂けた。
裂けた場所は口のように開いて、スペラの方に向いている。
そして次の瞬間・・・・その口から巨大な炎と雷が吐き出された。
どちらもどこか見覚えのあるもの。
「これは!!?私の魔法!!?」
「そうだよ!!このマジックイーターくんは魔法を食べちゃうんだ。そしてそれを吐き出すこともできるんだよ!!」
今まで無効化されたと思っていた魔法は実は吸収されていた。
その事実に身震いしながらも、即座に対応に走るスペラ。
「くっ、《光魔法:屈曲の壁》!!」
彼女が唱えたのは持ちうる中で最大の防御魔法。
効果としては魔法発動時に任意のMPを支払うことで、それに応じた防御力をもった魔法障壁を展開する魔法だ。
残念ながら魔法攻撃しか防ぐことができない魔法だが、それでもこの場所では魔法攻撃だけ防げれば十分だ。
彼女は迷わず残っているMPを全て込めて障壁を展開させる。
スペラの障壁と、ノアの魔法がぶつかり合う。
障壁に込めたMPはスペラの最大MPの約8割、そしてノアがここまで吸い上げた魔法に使ったMPは《炎魔法:暴発》の41%と37%、《雷魔法:暴雷》の8%で合計86%、計算上では少しだけだが魔法は貫通してくるだろうが、それでも致命傷を負うことはなさそうだった。
だが、MPを使い果たしたのは事実、スペラはありったけのMP回復薬を取り出し、障壁に守られているすきにそれを飲み干した。
障壁とマジックイーターの溜め込んだ魔法は・・・・同時に消滅した!!?
魔法の威力は基本的にMPに比例する。
また、癖があるためMP消費が少ない魔法を取り入れられていることを考えると、結構な量の魔法が貫通してくると踏んでいたのだがそうはならなかったのだ。
だが、これは嬉し誤算だ。
即座に回復できるように準備をしていたのだが、それは必要なかったみたいだ。
スペラは次はどうやって攻めようかと考え始める。
普通に攻撃してもあのマジックイーターに食われて敵の力を増やすだけになってしまう。
だから先のようにどうにか防ぐことができない攻撃をしなければならない。
面倒ね・・・・
そう考えると、あのマジックイーターが憎く・・・・・?
マジックイーターはスペラの視界にはいなかった。
先程まで収まっていたノアの手元を見ても、見つからない。
まさか役目を終えたため送還された?それなら再召喚される前に決めた方がいいわね。
ノアはまだ詠唱を始める様子はない。
このタイミングなら確実に攻撃を当てることができる。
「 《大地魔法:地底のーーーーー!!?」
突如として、スペラの後ろから何かがぶつかった。
それは首元にくっついたまま離れない。
「よーし!!これで終了だね!!」
「な、なによこれ!!?」
彼女の首元についていたのはマジックイーターだった。
それはスペラの首筋を少し噛み、そして咀嚼する。
噛まれた際に、痛みはない。しかしそれがマジックイーターの痛みも相まって恐怖を与える。
「嫌っ!!離れて!!」
必死に振り払おうとするが、離れない。
それはぴったりとくっついたままだ。
「実はそのマジックイーターくんって召喚するのにMPはいらないんだ。それに詠唱は早い。でもその代わりにいっぱいMPを食べさせてあげないとすぐに帰っちゃうんだよ。」
「ということはさっきの魔法を防ぐことができたのは・・・・」
「うん、食べた魔法を吸収していたからだね!!ちなみに、マジックイーターくんはMPしか食べないから安心していいよ!!」
にこやかな声で、まるで朗報を伝えるかのごとくそう告げるノア。
そんな情報を聞いてどう喜べばいいのだろうか?自分の首からすさまじペースでMPを吸い上げる存在から目をそらしながらそう考えるとスペラ。
このまま何もしなければ魔力欠損が起こって倒れてしまうのは必至だ。
あれがどんなに辛いものなのかは、魔法使いなら誰でも知っている。
スペラは必死の抵抗を見せる。
余っていた最後の回復薬を惜しみなく飲み干していく。
これで時間は稼げる。その間にどうにかしてこいつを引き剥がす!!
彼女はマジックイーターを掴み、全力で引っ張った。
そいつは首に噛みつくことで離れまいと抵抗をする。
先程は無駄な情報だと思った体に傷をつけることはないという情報も、この状況では大変嬉しく思える。
もしここで首を引きちぎられる痛みが走っていれば、引っ張る力が弱まっただろうから・・・
そしてついにマジックイーターを引き剥がすことに成功する。
スペラは即座にそいつを地面に叩きつけ、容赦無く踏みつけた。
マジックイーターは魔法に対しては絶対的な優位を誇っているが、物理面ではそれほどでもない。
こうやってなんども踏みつけられるだけで直ぐにびっくりして帰ってしまうのだ。
「はぁっ、はぁっ、これでとりあえずはなんとか・・・」
足蹴にしていたものが消えたことを確認して、スペラは顔を上にあげた。
そこで見たのは、
「あ、じゃあおかわりだね!!」
こちらに向かって飛ばされているマジックイーターたちの姿。
そこでスペラは抵抗する気力を失い、されるがままにMPを奪い尽くされ気を失ったのだった。