94 崩壊と組み換え
見つけた。
周りの怪しい建物に対しリリスのスライムを偵察として送り込む。
違ったら別の建物に行く。
これを繰り返し、ほぼすべての建物を当たった結果、中にシュラウドがいるという建物を探し当てることに成功したのだ。
「流石リリスだ。早速突入するつもりだけど、何か問題はありそうか?」
「中に入ること自体には特に問題ないわ。でも、ちょっとまずいことになってて、急いだほうが良さそうなの。」
不味いことになっている――――ならこうしてもたついている場合ではないな。
俺は建物の扉を蹴り開ける。
材質は木製の扉だ。力任せに蹴り飛ばされた扉はけたたましい音を立てて吹き飛ばされる。
俺は建物の中を見渡す。
中には研究員と思しき人が数人と傭兵キャラが数名配置されている。
傭兵の装備はレザーアーマーか?
あまりいいものを使っているようには思えない。
武器も金属製のもの――――特殊能力とかはないだろう。
「ここにうちの者がいるって聞いたんだけど、連れて帰るから引き渡してくれないか?」
要件は簡潔に告げる。
どうせ聞き入れてくれないだろうから臨戦態勢は解かない。
「おやおやこれは、来客ですかな?」
上の階から、一人の男が下りてくる。
男は白衣を着ており、ほかの研究員よりも偉そうに見える。
多分、態度と併せて考えるとシュラウドのことはこいつが知っていそうだな。
「あのー、このくらいの少年、ここにいないですか?今の俺と同じような服を着ていると思うんですけどー・・・」
「ええ、来てますよ。」
「そうですか。なら連れて帰るんで連れてきてもらってもいいですか?」
「ええ、いいですよ。」
――――あれ?いいのか?
てっきりせっかく奪ったものだから何が何でも守り通す―――とか来るかと思った。
周りの傭兵もその為の者かとばかり。
「結構素直に返してくれるんだな。もっと抵抗するものかと思ったよ。」
小声でリリスに声をかける。特に意味があったわけではないのだが、意外だったためこの気持ちを共感してもらいたいと思ったのだ。
「そうね。どうしてかしら?返してくれるならそもそも誘拐なんてしなければいいのにね・・・」
「抵抗してもどうせ無駄であろうからですよ。先ほど入ってきた情報によるとガリアスがやられたそうじゃないですか。彼はうちの守りの要、その彼がやられたとあってはこちらとしては抵抗の仕様はありません。」
聞こえないようにしていたつもりなのだが、聞こえたらしいな。
その返答がこれというわけか。
どうやら戦力的に抵抗したほうが被害が大きい。そう判断しての行動だったみたいだな。
男はそれだけを言い残して再び上の階層に戻っていった。
シュラウドを連れてくるのだろう。
周りの研究員や傭兵たちは俺たちに気をかけている様子はほとんどない。
言葉の通り、抵抗の意志はないようだ。
それでも一応、いつ戦闘になってもいいようにしておく必要はあるがな。
少しあと、男が上の階から戻ってきた。
その手には―――――袋?
「その袋は?」
「あなたたちの目的の品ですよ?これを引き取りに来てくださったのでしょう?」
は?
俺が引き取りに来たのはシュラウドで、そんな麻袋に入った物体では―――――!!?
「じゃ、じゃあそれをこっちに渡してくれないか?」
1つの可能性に行きついた。
それを確認する為に、俺はあれの中身を見なければならない。
いや、見なくてもわかっている。
解っているんだ。
「はい、これですね。」
男はその袋をまるでごみでも扱うかのようにこちらに向かって放り投げた。
俺はその袋を優しく受け止める。
それを手にしたときずっしりと重い感覚が俺の腕に乗る。
「じゃあ、俺たちはこの辺で。」
俺はリリスを連れてそそくさとその場を立ち去った。
そして誰もいない道で、受け取った袋の中を確認する。
・・・・・あぁ、、やっぱり、
「タクミ?シュラウドの救出はまだ終わってないわよ?どうして戻ってきちゃったの?」
「リリス・・・・これ・・・」
「――――ッ!!?これは!!?タクミ、今からすぐにでもあいつらを殺しに行くよ!!」
袋の中に入っていたのは、初めて俺とシュラウドが出会った時――――より少し前の、森の中で放置されたような状態で袋詰めされたシュラウドの姿。
その目には生気はともっておらず、自らの意志で動くのは非常に困難だと思われた。
たった半日前まで、店の為に必死でいろいろ考えながら働くシュラウドの姿が俺の脳裏によぎる。
基本的には無表情だが、仕事がうまくいった時に時折見せる少し嬉しそうな顔を・・・
どうして彼が、シュラウドがこんなことになっているのだろうか?
こいつが何をしたというのだろうか?
何がいけなかったというのだろうか?
そんな言葉ばかりが頭の中で駆け巡るが、今は放心している場合ではない。
それより先にやることがある。
「リリス!!スライムだ!!シュラウドの修復を頼む!!」
まずは彼を治すことから始めなければならない。
こいつをこんな目に合わせた奴は確かに許しておけないが、それより先にシュラウドを元に戻すことが先決だ。
リリスの怒りももっともだが、順番を間違えてはいけない。
「そうね!!解ったわ。でもそれが終わったらすぐに復讐よ!!」
彼女は物騒な言葉を口にしながらリリスはスライムを生み出す。
そのスライムは次々に俺の手の上の袋の中に入っていく。
スライムの重量が足されて少しずつ袋が重くなる。
俺はそれを足元に置き、袋の中身を引きずり出した。
これでいつ、シュラウドが目覚めても大丈夫だ。
俺はスライムたちがシュラウドの体を治していく様をじっと見つめる。
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・・・・・・・・・・?
「なあリリス、これはあとどのくらいでおわるんだ?というか、今何をやっているんだ?」
「おかしいわ。スライムちゃんたちはもう作業は終わって安定しているはずよ。」
あれ?じゃあどうして動かないんだ?
俺は修復が完了したというシュラウドの体を抱き上げる。
体の大きさに似合わない質量をしているのは、その体の大部分が金属でできているからだ。
抱き上げて揺さぶったりするが、彼が再び動き出す様子はない。
どうしてだろうか?完全に治っているというのはリリスの言葉を見ても明らかなのだが・・・?
どうしようにも、シュラウドは動かない。
何の音もたてずに、ただただその場に存在しているだけだ―――――?
そういえば!!
俺はシュラウドの体に耳を当てる。
何の音も聞こえない。
そう、何の音も聞こえなかったのだ。どうして今まで気づかなかったのだろうか?
彼の体の中では、常に歯車のような音が鳴り続けていた。
それは森の中で放置されていた時でさえ―――――それが今、聞こえないのだ。
「リリス、シュラウドは一度ここに置いておこう。放っておいても動き出すことがないのは確実だ。こいつが動くための一番重要と思われる部品が足りない。それを今から取り戻しに行くぞ。」
静かに俺は怒りに身を震わせ、今にも飛び出しそうなリリスにそう告げる。
「ああ、いこうか。私の子に手を出した報いは必ず受けさせる。」
ゆらゆらと、憤怒の炎が燃えているような感覚がリリスから感じられる。
その口調は荒々しいものに変化し、その怒りを全面に表している。
俺が指示を出さなくても彼女単身で乗り込んでいただろうこ。
「ちなみにタクミ、作戦は?」
そんな状態になっても冷静さは失われてはいない様子で、リリスは今回の襲撃の内容を説明してくれと俺に言葉を促す。
「正面から完膚なきまで叩く。リリスは力の限り暴れてくれ。」
だが、そんなものはない。
それに必要ない。相手の戦力を過小評価するつもりはないが、あの建物内の戦力を見た限りでは変に策を弄ずるよりも普通に戦ったほうが早い気がしたのだ。
早くあいつらを殲滅して、シュラウドの歯車をどうしたのかを聞かなければならない。
俺たちは再び建物内に突撃する。
「おや?まだ何か用が?」
偉そうな男が不思議そうな声を上げる。
「リリス、あいつ意外は好きにして構わない。暴れてくれ。」
そいつがおそらくはシュラウドをあんな風にした張本人だ。そいつさえ生きていれば、情報源としては十分だ。
「ッチ、結局こうなるんですか・・・お前たち、そいつらを殺せ!!」
男は傭兵に対しそう指示を出すが、俺たちは止まるつもりはない。
襲い来る敵はすべてリリスに任せて俺は男を逃がさないように一直線に走る。
そしてそのまま俺は男を押さえつける。
こいつは別に戦闘員でも何でもない。
冒険者として、戦士としてレベルを上げてきた俺からしたら捕まえるなんてことは訳はない。
「なあ、あんたシュラウドに何をした?あそこまで壊れていたのもだけど、何か大事な部品を取り出しただろう?」
「おや?気づいていたのですね。ふふ、まああそこまでばらばらになっているのはこちらも予想外でしたよ。まさか下半身などが魔物でできていたとは・・・・ふふふ」
「話を逸らすんじゃねえよ。俺は何か大事な部品をとっただろうということを聞いたんだ。」
俺は押さえつける力を強め、威圧する。
「ゲホッ、ゲホッ、大事な部品?あぁ、非常に興味深いものを拝借したのは確かです。しかしそれは彼が悪いのですよ?」
「シュラウドが悪い?どの口がそうほざくんだ!!?」
「だって彼、私たちの店の運営を手伝えっていう申し出を一切断ったんですよ。使えないものを処分するのは人間として当然のことでしょう?」
使えないもの?こいつはシュラウドのことを何だと思っているんだ。そう叫びたくなったが、考えてみれば俺たちにとって彼は大切な仲間ではあるが、こいつにとってはただの機械でしかなかったな。
「そうか。じゃあその部品、返してくれるよな?」
俺としてはそれさえ返してもらえるなら、最悪今回のことは水に流してやってもいい。大切なのはシュラウドが無事であることなのだ。
その意図は目の前の男も酌むことができてはいるのだろう。
「いいえ?それはできません。」
だが、答えはNo,俺の期待したものとは逆の答えだ。
「あ?今なんて言った?」
そのことが信じられない俺は聞き返す。
今こいつは部品の返却ができないといったか?
「だから、お返しすることはできないと申したのですよ。」
やれやれ、といった様子で男は再びその言葉を口にする。
非常に丁寧な口調が、逆に馬鹿にされているような感じを覚えて俺の怒りに火をつける。
「どういうことだよ!!シュラウドの大事な部品をお前はどこにやったんだ!!」
男を床にたたきつけ、俺は問答を繰り返す。
「ガッ、、、、あの部品の性質は永久に回り続けるというものでした。原理はわかりませんが、科学者としてそれを見過ごすはずはないでしょう?今まで動力不足で動かすことのできなかった防衛兵器に既に組み込ませていただいたんですよ。」
防衛兵器に組み込んだ?
そういえば、先ほどほかの研究員は一階にいたのにもかかわらず、こいつだけは2階から出てきたな。
だが、再びここにやってきた時には1階にいた。
普通ならこいつは2階にいなければおかしいのではないか?
俺は押さえつけていた男をつかみ上げる。
そしてそれを今、リリスが戦っている場所にむかって軽く放り投げた。
「リリス、そいつはもう必要ない。好きにしてくれていいぞ。」
それだけ言った俺はそのまま建物の2階へと足を踏み入れた。